104 | ナノ
セトシン

ふっと目の前が明るくなった。覚めるというより閉じていた目を開いただけのような気がする。がんがん痛む頭と気だるい体、気を失っていたように眠った記憶がある。端末に手を伸ばして画面をつければまだ朝の五時、早朝だ。アラームなんてかける習慣がとっくに無くなっているオレには徹夜でもしなければお目にかかれない時間帯である。
端末をシーツの上に放って部屋を眺めた。うっすらと明るい部屋は雑多に物が置かれている。あちこち行ってきたお土産やら記念やらが片付いている部屋を騒がしくする。
寒さを感じて布団に潜るが、そこではたと自分の格好に気づいてしまった。ああそうだったと上に乗っていた腕を退けて重たい体を渋々起き上がらせる。風呂は入れなかったが処理はした体は不快だ。朝風呂って許されるんだろうかと思いながら床に落ちていた服を取る。

「おい」

ばしばしと隣で寝ていた塊を叩く。うーんと唸る声に構わず叩いて布団を捲った。黒い乱れた髪の間から覗く金色がすらりと開いてオレを見る。なんすかと舌ったらずで眠そうな声に悪かったかなとは欠片も思わない。

「セト、下」
「......ああ、せんたく」

汚れたからと言いながら起き上がったセトはくあっと動物みたいな欠伸をしてクローゼットを指した。いけしゃあしゃあと告げる声に少しムカついて返事もせずにクローゼットを開く。
こういう時サイズ近いと困らない。適当に出したズボンと下着を穿いてベッドに置いた上を取ろうと振り返った。眠そうな顔が二度寝に入らずオレをふにゃふにゃ見ているのに気付いた。

「なんだよ」
「シンタローさんのヌードみてるっす」
「しね」

ベッドに戻って寝言を宣うセトの頭をぱしんっと叩いておく。布団を捲ってジャージの中に着ていた黒を探す、が無い。さっき無かったっけと床を見ていればセトの腕が腰に絡まってきた。抵抗せずにぐいぐい引っ張られればぼすんっとベッドに座る形になる。その時若干腰に響いて顔をしかめた。

「もっかい寝ましょー」
「おい」
「ね」

腰の腕が解けて腕を掴んでくる。布団の外に居たことで冷えた肌にセトの熱いほどの体温がじわりと染みた。ね、と言いながら布団を腕を離さないセトにため息をつく。年下に見えないようで年齢より年下っぽい。諦めたオレの気配を感じたのか腕を離して待つセトの隣に寝る。
あとで上探さないとな。
腰に回った腕が熱い。セトの体温は高い。

「......なんかちょっと変な気分になるっす」
「盛るな」
「んー」

返事なのか返事じゃないのかよく分からないご機嫌な声。すりすりとオレの首辺りに擦り寄ってくるでかい犬の頭を撫でた。ふふふと笑う声に嬉しがっていることが分かる。
小さい頃犬を欲しがったことをぼんやり思い出す。大型犬が寝転がってるところに腹を枕にして昼寝をしたいとよく思っていた。こいつ腹筋で固いからなと腹を触る。ふひゃひゃとくすぐったがる声が首に当たってオレもくすぐったい。

「シンタローさんすけべー」
「どの口がっ!」
「いひゃいっひゅ!」

ぐにーっと思いっきり頬を引っ張れば痛い痛いと悲鳴を上げるセト。しばらくしてようやく離してやれば腰を痛いほどに抱き締められた。みしみしと背骨が鳴りそうなほどの力に息苦しさを感じる。仕返しかこの野郎。

「いだだだっ!骨っ、せぼねっ!」
「このまま寝ても良いっすかね」
「良いわけねえだろ!」

叫ぶように解放を求めればにこーっと上機嫌な顔が力を緩める。二度寝しようとしているはずなのに何を遊んでいるんだか。これで仕返しの応酬になってしまえばただでさえ睡眠不足が地なオレの貴重な睡眠時間が無くなるだろう。ぐしゃぐしゃっと最後にセトの髪を掻き回して布団を肩に被る。まだ構って欲しそうな視線を感じた気がしたが気のせいだな。
とんとんとセトの肩を宥めるように叩いて目を閉じる。すぐに寝入れるほど眠気があったわけじゃない。じわあと広がるような睡眠欲。

「......バイトは」
「休みっすよ」

ふと思い出して呟くように聞いてみると無事拾われてセトが答えてくる。新聞配達もしているから他人事に大変だよなーとぼんやり思ったり思わなかったり。
いい加減セトの肩を叩くのも疲れて腕を布団の中に仕舞う。身体中から徐々にくたあと力が抜けていく。セトがもそもそ動いているが面倒で何も言えないまま微睡んだ。

シンタローさんが寝入ったのを見て隠しておいた黒い服を畳む。息をしている以外は動きが全くない。寝相も全然だから最初の頃は何度かシンタローさんの口に手を当てて呼吸を確認したほどだ。
ぺらっと薄い布団を捲ればシンタローさんの腰が見える。不健康な肌色に海でも無理矢理連れていこうかとこの人にとっては不穏な画策をしてしまう。
そんな肌色に赤い手形。ぺたりと触れば俺の指とぴったり形が合う。シンタローさんを組伏したことによって出来た何よりも生々しいそれ。噛んでも良い、跡を付けても、だけどこれ以上に幸福感と満足感を獲るものは無い。

「良いっすね」

するりと撫でればシンタローさんの呼吸が一瞬揺らいでまた戻る。独占欲の表れか、征服欲か。どれも違うようで、きっと間違ってない。
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