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そろ、とカノの部屋のドアの前に立つ。バクバクと心臓が痛いほど緊張している。
何度かノックをしようと手を上げ、やっぱり下げを繰り返す。
やっぱり止めようかと離れ、やっぱり......!とドアに向かい。
もちろんこんな事をしていればカノにバレる訳で。
「みぇ!」
「......なにしてんの、マリー」
「いひゃい...」
ちょうどドアに向かった途端にドアが開き、ゴンッと勢いをつけて当たってしまった。ひりひり痛む鼻の頭と額。
カノの呆れた声に顔を上げれば、カノは少しだけ笑って、私を見ていた。
「僕に用?」
「うぇ?......よう、あ!うん!」
カノの言葉に必死に頷けば、部屋に招かれた。
薄暗い部屋にカノはベッドに座る。ぽんっと一回だけカノの隣を叩かれた。
座れって事かと、恐る恐る隣に座る。
「......」
なにも喋らない時間が、続く。
何かを話さないとと焦って、喉に言葉が全部つっかえた。
静かな部屋に、私の心臓の音が聞こえそうで、ひたすら何か喋ろうと考えた。
「ねえ」
「......!な、なに?」
沈黙を破ったカノの声に、声が焦りで裏返る。恥ずかしさにかっと顔が熱くなったけど、耐えてカノの方を見る。
がんっと、頭を殴られた気がした。
「カノ、......」
「ちゃんと笑えるよ」
ぽう、とカノの目が赤く光る。
カノはいつもみたいな笑みを浮かべているように見える。
薄暗い部屋に、やたら光って見える目。
ぐっと喉の奥が詰まって、苦しくて、勝手に体が動いた。
どんっとカノの体を押す。
「うわ!ちょ、急になに......!」
「カノが悪い」
「はあ?!」
「カノが悪いよ」
堪える為に顔をしかめれば、カノの光は少し淡くなる。それでも消えない光に、私はカノの目を覆った。
カノが焦ったように私の名前を呼ぶ。
「マリー見えな......」
「別に、カノが笑ってなくても良い!別にっ、笑ってなくても、良いから......!」
「ま、りー......?」
「それだけはっ、止めてよぉ......っ」
情けなかった。
溜め込ませて、欺かせるために私は来た訳じゃないのに、それをさせている私の甘えが、とんでもなく情けなくて恥ずかしかった。
すれすれで泣くのを堪える。
溢れる前に拭き取って、何でもない顔をしてみせる。
「マリー、離して」
「嫌」
「マリー......」
「カノ」
少し苛立った声に答えるように名前を呼んだ。
手を退けようとしたカノの手を、上から掴んで、無理矢理繋ぐ。離れようとするのを、力をこめて握ることで諦めさせた。
「手、取ったら、石にしちゃうから......」
「......分かった。それで、どうするのさ」
カノは私の言葉に力を抜く。
そんなに石が嫌いなのかと思うと、少しだけ笑えた。
ぎゅうと、手を握る。
さっきのエネちゃんの言葉を思い出して、顔が熱くなって緊張がまた再発する。
「石にするからね......」
声が震えた気がした。
強く目を閉じて、鼓膜の奥にまではっきり聞こえる心臓の音を誤魔化した。
顔を近付けて、少しだけ、目を開けた。
これでダメだったら、エネちゃん石にする。理不尽な思いを、緊張を誤魔化すために使った。
押し付けるみたいな、ぎこちない、動き。
バッと勢いよく起き上がる。
顔が熱くて、汗が出そうで、走った後みたいに心臓が痛い。
なんでも良いから、もう全部石にしてしまいたい。
「え、っ、きゃっ......!」
繋いだ手が後ろに引っ張られる。ばふっと背中からベッドにダイブして、わたわたと混乱する。
上にいるカノの、顔が見れない。
「マリー、さっきの......」
ぎくりと体が固まる。
石にしようにも、目を合わせなきゃいけない。そんな勇気がもう私には残っていない。
声が苛立ちを含んでないのは分かったけど、こればっかりは無理だ。
「こっち、見て」
促すように頬に手を置かれて、私はもう血液が沸騰してるんじゃないかと思うぐらい身体中熱くなる。
石にする石にする石にする石にすると心の中で唱えながら、意を決して上を見た。
石にするのも、忘れてしまった。
「こっち、見た......」
その顔は、卑怯としか、ズルいとしか、言いようがなかった。
きゅうっと心臓が痛くなる。
困ったように眉を下げて、顔を真っ赤にして、男の子って顔をするカノがいた。
かあああと顔から首まで心臓にまで、熱さが広がる。
「まあ猫目さんも健全男子ですし、キスするか、好きとでも言っとけば、機嫌も治りますよ」
エネちゃんの言葉を思い出す。
なんか機嫌治るより、可愛らしくなっちゃったよ、エネちゃん。
きゅううと心臓が鳴る。
写真を使えない事がこれほど惜しいと感じる日もない。
「か、カノが、かわいくなった......」
「かわ、いく、って」
うれしくない、と震える声で私の肩に顔を埋めるカノに、なんだか声の限り叫びたくなって、耐えるために息を止めた。
可愛くて、みんなに自慢したいような、見せたくないような。
堪らずカノに抱きつくと、すぐに抱き締め返された。
「マリーの方が、可愛いよ......」
おでこにキスされて、そう言われて、ぐわっと心臓の底からなにかが沸き上がる。
カノが起き上がって、私を起こして膝の上に乗せた。
また抱き締められる。
「機嫌、治った......?」
「吹っ飛んだ」
「なんか、カノかわいい」
「うれしくないって......」
素直に言葉にすれば、仕返しみたいにキスをされた。
瞼の上や頬にキスされて、くすぐったくて笑えば、カノは目を細める。
猫みたい。
「ごめん、マリー」
「覚えてない」
「はは、そう?」
カノの手が頬に触れる。
近づく顔に目を閉じる。
すぐに離れて、私は目を開ける。
「マリー、キス下手だねー」
調子を戻すように言われた意地悪。
今日だけは、拗ねないでいよう。反論しないでいよう。
カノの顔がまだ真っ赤だから、可愛いから。
「カノにしかしたことないからだもん......」
これで抑えておこう。
何故か私の言葉にカノが顔を見せてくれなくなったけど。