102 | ナノ
シンタローとケンジロウとエネ

床に広がるコードが煩わしくケンジロウの行く手を阻む。がたんっと机にぶつかり、今まで集めに集めたデータや書類が舞い広がった。

「なんで」

ケンジロウは呆然と呟く。目がちかちかと戸惑うように赤く光り、不気味に暗がりで点滅する。
がしゃんっと筆立てがケンジロウの腕に当たり床に散らばった。かつんかつんとペンが落ちる。

「なんでだっ......!」

今までの膨大な計算、頭が可笑しくなるような世界、ただひたすらに追い求めていた彼女の面影。それらが音を立てて無惨に崩れる。びしりびしりとヒビが入るのを飛び越えるがたがたの崩壊。
メスで汚れた手を、教え子を使ってまで払った罪悪感を。ただ彼女を伴侶を求めた世界、取り返したかった理不尽に奪われた幸せ。

「あんたの『冴える』は計算を写し、答えを導く能力だ」

ケンジロウの前に立つ人影が舌をすらりと滑らせる。目付きが悪く、陰鬱そうな顔の少年、ただの少年。計画になんら関わりがなかったはずの。
そんなただの少年が、ケンジロウの目の前で計画をずたずたにしていく。引き裂かれて握りつぶされて。

「なんなんだ、お前はあ......っ!」

ケンジロウの叫ぶような声に、少年は首に巻いた赤いマフラーを緩めた。黒い目が徐々に赤を灯していく。その見覚えのある目にケンジロウは思わず後ずさった。赤い少年。

「オレは答えが解る」

ぼそりと何かを耐えるように小さく呟かれた声は二人の部屋に容易く響く。その響き耐えるように、少年の赤が一瞬目蓋に閉じ込められた。すうっと開く、やはり赤。深い夕焼けよりも、黒にもなりそうな血にも、点滅を繰り返す信号機よりもずっと赤い。

「たかが計算が解るくらいで」

少年は答えが解る、いや見える。計算せずとも考えなくとも、それが能力である限り、望まなくとも。少年はカンニングをする、望まなくとも。

「たかが『冴えてる』程度で」

かつんかつんとケンジロウに歩み寄る少年。

「オレに、勝てると思うなよ」

ニイッと笑んだ顔で少年は彼女を呼ぶ。

「エネ!」

それはあの夏の茹だるような暑い日、繰り返し続けた日の一日のように。ケンジロウの目の前で無数のディスプレイは青く染まっていく。全てに映る青い少女。
まるで黒髪の生意気な少女と似ていないけれど、ケンジロウの目には、確かに昔の教え子が写る。

「終わったらまた遊園地、ですよ?!」

夏の永遠を壊す楽しげな声を、追い求めていた彼女が。ケンジロウと少年が、望んでしまった世界。

「目を、」

赤い目を擦った、忘れられないあの日を。
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