7 | ナノ
カノマリとモモとキドとシンタローとエネ

空気がピリピリした。
乱暴に開けられたドアを見れば、カノが珍しくにこりともせず立っていた。思わず体がすくむ。
キドもビックリしたように目を見開いている。それほど珍しい。
カノはぼそっとただいまを言って、そのまま部屋に乱暴に入っていった。別に暴力や蔑みを受ける訳じゃないのに、私の心臓はバクバク震えた。
ぎゅうっと衣服の上から押さえる。少しだけマシになった気がして、ホッと安堵の息を浅く吐いた。
何が原因かは分からない。けど、カノが苛立っている事はよく分かって、少し情けなくなった。
キドがため息をついて、空気はピリピリからどよんと灰色にくすんだ物に変わった。

「こんにちはー!......って、アレ?」
「ああ、キサラギたちか」

明るい調子で入ってきたモモちゃん。入った途端に広がった空気に首を傾げているようだ。
後ろから覗いているシンタローとエネちゃんはモモちゃんを見て呆れたようにキドみたいにため息をついた。
キドはモモちゃんを見て少しホッとしたように空気を緩ませる。助かった。鈍い私でも、キドの思っていることが分かった。
私も同じ気持ちだったから。

「なんか暗いですねー、どうかしましたか?」
「あ、うん......、ちょっと、カノが......ね」
「何でも良いから早く入れモモ、暑いんだよ......」
「押さないでよバカ兄!」

私の小さな声にエネちゃんは興味深そうにほうほうと返事をし、目を輝かせた。
そんな間にモモちゃんとシンタローは言い合いを始める。まあ言い合いと言っても、モモちゃんが怒ってシンタローが面倒臭そうに流しているだけなんだけど。
仲良いなぁ。

「で、で!猫目さんがどうかしたんですか?!」
「え?カノさんどうかしたの?」
「ちょっと機嫌が悪いらしくてな。とりあえずドアを閉めろ」

エネちゃんが画面いっぱいに顔を近づけて、楽しそうに聞いてくる。
モモちゃんもカノの名前に反応して、やっとシンタローと言い合いを中断させた。その隙にと、キドが近付いてドアを閉める。
シンタローがキドに頭を下げて、私の近くにケータイを持ち上げた。
受け取ろうかと思ったけど、どうやら持っていてくれるようで、上げようとした手を下げる。

「めっずらしいですねー!猫目さんが機嫌悪いなんてっ!」
「うん。ホント、たまにしか無いんだ」
「任務で何か合ったのかもしれないが、あいつは絶対言わないからな。そういう事は」

モモちゃんがへえと関心無さそうに相槌を打つけど、少し心配そうに視線をきょろっとさせている。なんだか小動物みたいな可愛い動作に、少しだけ笑ってしまった。
エネちゃんがいつの間に撮ったのか、私に向いてる画面にモモちゃんの写真を写して、にししと笑う。

「シー......」
「ふふ、シー、ね?」
「何がだ?」
「ご主人には教えませーん!」

口に人差し指を当てるエネちゃんに倣って、私も人差し指を立てる。それを不思議に思ったのか、シンタローが画面を自分の方に向ける。またいつの間にかどこかに仕舞われた写真はもちろん画面に写らず、エネちゃんがまた悪戯っ子みたいに笑った。
シンタローが首を傾げて私を見たけど、私も首を傾げてみせれば、諦めたように程々にと呟かれた。

「にしても困りましたねご主人」
「あー、アレか......」
「なにが困ったんだ?」

エネちゃんとシンタローの会話にキドが心配そうに問い掛けた。
困ったようにポケットを探るシンタローに私とキドとモモちゃんの視線が集まる。
そんな視線の中取り出されたのは、細く四角い箱みたいな物。赤が主なそれの先端に銀色の小さい四角がくっついている。
私が何か分からずにじっとそれを見ると、キドが小さくUSBかと呟いた。

「ちょっと私が猫目さんに頼まれたんですよ」
「だから今日届けようと......。機嫌悪いなら明日にするか」
「俺に預けるのはダメなのか?」
「専門的な説明とか要るんですよー。ご主人ちょっと猫目さんにアタックゴーしてくださいよ!」
「止めろ、それだけは無理だ。怖い」
「ヘタレ過ぎだよお兄ちゃん......」

ゆーえすびー?が何かは分からないけど、折角その為に来てもらったのにと私が申し訳なくなる。
キドも私と同じような考えなのか、どうした物かとフードを掴んでいた。それがキドの困ったときの癖だと、私は知っている。

「まあご主人は明日も明後日も暇ですからねー」
「うぐっ!煩い......」

けらけらと明るい笑い声がケータイから聞こえる。モモちゃんはエネちゃんの言葉にうんうんと頷いている。
私はそんな三人を見て笑いながらカノの事を考えていた。
原因が知りたくない訳じゃない。でも私には過ぎたことはもうどうしようもないから、ただただ、カノの事を考える。

「マリー?」
「はわっ......!なな、なに、キド」
「いや、返事しないから......。カノの事か?」

キドの言葉に、喉が詰まる。
しばらく視線をさ迷わせてから、一回だけ、こくりと頷いた。見透かされた恥ずかしさに、かあっと頬が熱くなる。

「明日になれば元に戻る」
「そう、だけど......」
「心配か?」
「......ううん、心配じゃなくて、不安なの」

キドがよく分からないと顔をしかめる。それに自分でも分かるほど曖昧な笑みを向けて、もっと詳しく考えて話す。

「カノっていっつも笑って側にいるでしょ?」
「......そうだな」
「だから、側にいないと不安だなって思って。別に、笑ってなくても良いのに......」
「......そ、そうか」

私の言葉を聞いて、キドが少し気まずそうに顔を反らす。なぜか分からなくて周りを見れば、モモちゃんとエネちゃんがにやにやしながらこっちを見ていた。
肩がびくっと跳ねる。

「のろけですねー」
「のろけだねー」

にやにやにやにや。そんな顔で見られて、言われた言葉。
のろけ、と私は繰り返す。
ぴしりと固まっていた脳にその言葉が届いて、顔が一気に熱くなった。
言葉にならない声が、ぱくぱくと金魚みたいに開いたり閉じたりする口から溢れる。

「の、え、あ、ぁ、わ......っ、ひえ......!なな、な、なんでそうなるのお!」
「いつも側にいる」
「いないと不安になる」
「それだけ一緒にいるって事でしょー」
「お熱いですねー」

きゃっきゃっと笑い合うモモちゃんたちから交互に言われた言葉にどんどん顔が熱くなる。きっと顔が赤くなっている。
シンタローがはらはらと私を見ているのが分かった。
キドがあー、と単語にならない声を出しながらも私から顔を反らすのが、モモちゃんたちと一緒の事を思っているんだと言う事で。
途端に、ばくんと心臓が激しく脈打つ。

「ひ、ひえええええ......!」

私はつい耳を塞いで床に座り込んだ。
ぐるぐる回るさっきの言葉。そんなつもりで言った訳じゃない分、恥ずかしさが沸騰する。
じわ、と涙も少し出た。

「苛めすぎると嫌われるぞお前ら......」
「シンタローの言う通りだぞ」
「はーい」

そんな会話が小さく聞こえて、私は耳から手を離す。
あれ?聞こえてたら塞いでた意味がない......。なんだか少し悔しくなった。

「二人とも意地悪......」
「すいません、マリーさん機嫌治してくださいよー」
「マリーちゃん、ごめんね?」

二人が手を合わせてごめんごめんと交互に謝ってくる。それに少しの仕返しをこめて何も言わないでいると、エネちゃんが残念そうに眉を下げた。

「猫目さんの機嫌が治る方法をお教えしようかと思ったんですが......」
「え?!本当エネちゃん!」
「許して、くれますか......?」
「う、うん!怒ってないよ!」

エネちゃんがにやっと笑い、シンタローが呆れたように私を見ていたが、そんな事よりもと、私はケータイを持った。

「まあ猫目さんも健全男子ですし......か......とでも......」

私には大分ハードルが高かった。
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