始まりの鐘がなる



「すげぇ、ここの教会の鐘ってこんな綺麗な音なんだ」

ちょうど今歩いている道の真横に在る教会を見てカナタが言った。

林に囲まれた古い小さな教会。いままで神父も居なかった、本当に小さな教会。

「そういえば、壊れているはずじゃ……」

「直しているって話も、直ったって話も聞いたこと無いですよ」

不思議そうに教会を見ながら、三人はその鐘の音に耳を傾けていた。神聖さをイメージさせる透き通った綺麗な音に誘われるように、三人は教会へと向かう。木で出来た扉を押せば、軋む音を立てて開いた。

外見とは違って年代は感じるものの、中はとても綺麗に掃除されていた。夕日が差し込み輝く数々のステンドグラスに目を奪われていた三人だが、一番奥の中央にある周りより一段高くなった場所で祈りを捧げるようにしゃがんでいる人を見つけた。

神父のような服を着ているが、神父がこの教会にいるなどという話を聞いたことが無い。カナタは戸惑いつつも彼に声をかけようとした。

「何かお困りごとでもありましたか?」

けれど、先に声をかけてきたのは男のほうだった。ゆっくりと振り返り、三人を見ながら微笑んだ。

「それとも懺悔ですか? 真実を告げれば神は許してくださいますよ」

真っ直ぐと向けられた目に、大地は眉を寄せる。
何もかもを見透かしているような蒼い目がなんだか怖かった。間違いなどしていないのに、それ自体が間違いだと言われているような気がした。

「俺達は困っても無いし、懺悔をしに来たわけじゃない。 ただ、壊れていた鐘がなったから不思議に思ってきただけだ。それから……神父が居るって話も聞いたこと無いな」

年の功、経験の差とでもいうのかカナタが一番初めに教会の奥へと歩き出した。カナタが動いてから我に返ったカスミと大地もその後に続く。

「そうですか。それでわざわざ来てくださったのですね。鐘がなったのは本日、修繕が完了したからです。そして、私が来たのも本日ですから皆さんご存知なかったのですよ。本来ならば早めにご連絡するべきだったのでしたが、私がここへ来るように決まったのは急なことでして、誠に申し訳ありません」

そう言って神父は頭を下げた。責めているつもりも、謝らせるつもりもなかったカナタはすぐに頭を上げるように神父へと言った。

「この教会って実は俺達の通う大学の生徒の溜まり……じゃなくて憩いの場だからこうやって神父さんが居て、綺麗になってくれるのはありがたいよな」

「おや、皆さんは学生さんですか」

「はい。すぐ近くにある大学に通っているんです」

神父の問いに大地が答えた。

「同じクラスのお友達同士ですか?」

「いや、まったく」

「では、どういったご関係で?」

「僕と先輩はサークルが同じなんです」

「それで俺らは兄妹ってわけだ」

「とても仲がよろしいのですね。それはとても素晴らしいことですよ」

「神父さんにそういってもらえるとありがたいね。それにしても俺らと大して変わらない年で神父をやってるなんで凄いな」

「いえ、私などまだまだですよ」

出会ったばかりの人とすぐ仲良くなり、話せるようになるのはカナタの特技の一つといって良いだろう。神父相手にもその特技を炸裂させ長話を始めそうな二人。
蚊帳の外にされたカスミと大地はステンドグラスを見ながら感動していた。

「綺麗、夕日の光を取り込んでキラキラして……」

「本当だよね。今日、初めて中に入ったけど、こんな綺麗ならもっと早く来てたのに。二年もここにいるのに勿体無いよ」

「確かに。もっと早く気づけばよかった」

「でも、こうして新藤さんと一緒に見れて良かった」

「え?」

どうしてそうなるのかと不思議そうな顔をするカスミをみて大地はニッコリと笑った。

(気づいてないけど、そういう天然なところもギャップがあって可愛いんだよね)

カスミとの一人分の距離を埋めようと大地が一歩踏み出そうとする。

「やっべ、忘れてた。早川、お前買出しの途中だったろ。カスミも買い物行かないと俺の夕飯がなくなる」

それを邪魔するかのように――実際邪魔しているのか、無意識なのかは本人にしか分からない――カナタの声が教会内に響いた。唖然としている二人を半ば引きずる形でカナタは歩き出した。

「それじゃ、俺らはこれで。またな、神父さん」

「えぇ、またお話聞かせてくださいね」

神父に見送られながら三人は教会を後にした。

その後すぐに大地と別れ、カスミとカナタは帰りにスーパーにより夕食の材料を買って家に帰った。食事と風呂を済ませ、後は寝るだけとなったカスミはベッドの上に寝転がりながら、今日会った二人の男について考えていた。

一人は自分と同い年の、自分と仲良くなりたいと言ってきた面白い人。
そしてもう一人は会話すらしてないがとても気になる目つきの神父。

目の前に居るのに遠くを見ているかのような……そう、まるで自分を通して誰か他の人を見ているかのような目と、近寄るだけで胸が苦しくなるような切ない雰囲気をかもし出す人。

後から思えば、今日“何か”が変わったのだろう。
その“何か”はまだ分からないが、そんな気がした。


 

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