酒は飲んでも飲まれるな



「ほらほら、どんどん飲みな。今日はアタシらの奢りなんだから!」

「おねーさーん、ビールと日本酒追加ね」

「先輩〜! もう無理っすよ〜」

とある居酒屋のお座敷で、後輩達に無理やり飲ませようとしている唯やカナタを中心とした四回生達。その餌食となってすでに寝てしまった者、自分達で勝手に飲んでいる者、今まさに標的にされている者などそれぞれこの宴会を楽しんでいた。

「新藤さん飲んでる?」

「飲んでないように見えるの?」

一人、部屋の隅で飲んでいたカスミに大地が声をかけてきた。
今まで大地が居たグループは丁度唯の餌食となっている。大地は一人こっそりと抜け出してきたようだ。

カスミの隣に腰を下ろし手に持っていたジョッキをテーブルの上に置いた。

「もしかして、一人でこれだけ開けたの?」

テーブルの上に置かれた数本の空き瓶を見ながら大地が言う。ビールや日本酒にワインなど様々な種類の瓶がある。

「いや、カナタ兄さんが半分開けた」

「残りの半分は新藤さんなんでしょ? お酒強いんだね」

「両親供にざるだから、血筋的には強いはず。そういう早川は? 結構飲まされてたみたいだけど」

「去年、先輩達に鍛えられたからそこそこ強いだろうね」

そういって大地は、ジョッキの中に半分ほど残っていたビールを飲む。空いたところへカスミが新しく瓶を開けてついだ。

「それにしても、どうして私が呼ばれたんだか……」

そう、この宴会はもともとカナタや大地が所属しているサークルのメンバーだけのはずだった。これからますます学校へと来なくなる四年生が最後の最後にぱーっと飲みたいという理由で、自分達の奢りだからと後輩達を集めたのである。

サークルは違うが、暇なときにはマネージャーをしていた唯が呼ばれるのは分かるが、ただ部員の妹というだけでまったくといって良いほど顔をあわせたことも無いのに呼ばれたのが不思議でしょうがなかった。

「僕的には花があるほうが嬉しいけど」

(どうしてこうも人をおちょくるようなことを言うのだろうか)

自分が「花」と呼ばれるほど可愛らしい女の子でないと思っているカスミにとって、大地の言葉はからかっている様にしか思えないのだ。

「真面目に聞いてるんだけど……」

「うーん、気を悪くしないでね。本当は興味本位なんだよ。先輩がカスミさんのこと休憩中に話してるから、一度は会ってみたかったんじゃないかな」

(パンダか私は……)

けれど、呼ばれた理由がはっきりしたためカスミはほっと一息ついてから、遠慮せずに飲み始めた。それにつづいて、大地も隣で飲んでいる。

「ちょっとそこのお二人さん、何二人だけで良い雰囲気かもし出してるのかなぁ? あー、若いって良いわねぇ」

顔を真っ赤にして酔っ払った唯がカスミ達の前に座る。

「森下先輩も十分若いですよ」

「あら、本当かしら早川? でもアンタはカスミにお熱だしね……あ〜あ、誰か良い男居ないかねぇ〜」

「は? 唯先輩なに言ってるんですか、私と早川はただの友達ですよ。それに先輩だってまだまだこれからじゃないですか」

「友達」という言葉で大地が一瞬眉間にしわを寄せたのを、カスミも酔っ払っている唯も気づかなかった。

「そうだね、まだまだアタシもこれからだよねぇ。いまアタシは最高に気分が良いんだ、ほらカスミも早川もじゃんじゃん飲みな!」

唯は自分と二人のジョッキにビールをつぐと、「乾杯!」といって一気に飲み干した。その勢いに飲まれて二人も半分ほど飲む。

「よしよし、アンタ達は結構飲んでるじゃないか。さて、それじゃあアタシはあの辺で全然飲んでない坊や達のところへ行かないとねぇ。そうそう、アタシ達が居なくなっても二人仲良くしないと駄目だからねぇ」

アハハハッ! と豪快に笑いながら唯は新たなターゲットへと向かい歩いていった。
随分と酔っているようだがまだまだ後輩を虐める気力はあるようだ。

「唯先輩、絶対に勘違いしてる」

「ハハッ。でも、こうやって先輩達と一緒に居られるのも後少しなんだね」

あと数ヶ月で彼らは卒業してしまう。
地元へ戻る人も多く、卒業してから逢うことなどほとんど無い。こうして、笑いながらふざけることももう出来ないのだ。

「卒業したら、寂しくなるな」

「そうだね、お節介で騒がしい人たちだけど、居なくなると寂しいね」

誰もがそう思っているのだろう、だからいつも以上に今日はみんな笑っているのだ。その寂しさを誤魔化すかのように。



「すっかり寝ちゃったわね、カスミ」

「そうですね、最後のほうかなり飲んでましかたら」

「でも、カスミが酒飲んで寝るなんて珍しいこともあるんだな」

宴会は日付が変わってから数時間後にようやくお開きとなった。自力で寮へ帰れる者は帰り、それができない者はそのまま座敷で寝ている。あの居酒屋には毎年恒例でお世話になっており、これも常連だから許されることなのだ。

カスミもすっかり酒に飲まれて眠ってしまったのだが、流石に男だらけのところに寝かせておくわけにもいかず――というよりもカナタがそれを許すはずが無い――いまはカナタの背中でぐっすりと眠っている。

「それにしても先輩達は平気そうですね。僕は少し寝させてもらったから平気なんですけど、先輩達ずっと飲んでいたらしいじゃないですか」

「そうだけど、そりゃねぇ……」

「あぁ、そうだよな……毎年同じようなこと四年もやってりゃな」

このとき大地はあらためてこの二人の凄さと、あのサークルの宴会の恐ろしさを実感したのである。いくらなんでも、飲みっぱなしで8時間など平気で居られるはずが無い。



「やっと着いたわねぇ、流石に飲んだ後は15分歩くのも辛いわ」

そういって腰を叩く唯だが、足取りがしっかりしているのを大地は知っている。

「じゃあ、先輩。気をつけて帰ってください」

「カナタ一人じゃないんだから、しっかり家に帰りなさいよ」

「おー、分かってるって。じゃあ、また月曜日にな。二日酔いには気をつけろよ〜」

大学の寮に住んでいる唯に大地とは門の前で別れてカナタは真っ暗な家への道のりを歩き出した。

「うぅん、カナタ兄さん…飲み…すぎ……は、体に…わ……る」

「はいはい、そういうお前が飲みすぎだっての、あんまり心配させるなよ」

寝ているのにも係わらず、自分のことよりも人の心配をしている優しい妹に、カナタは自分の頬が緩んでいるのが分かった。



 

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