楽しい昼休み



「わかった、空き時間に買いに行ってくるよ」

「買わなくていい。実はカナタ兄さんが休むこと忘れて一人分多く作ってきたんだ。味はカナタ兄さんが保障してくれるから大丈夫だと思う。だから、食べてくれない?」

「え、いいの? 新藤先輩がよく自慢してたから、機会があれば食べてみたかったんだよね。まさかこんなに早くその機会がくるなんて」

「また、カナタ兄さんは余計なことを……」

あからさまにため息をつくカスミを見て、大地はくすくすと笑う。

「場所は、本館の屋上で良いかな」

「あぁ、また昼休みに」

流石にもう時間が無いので、カスミはろくな挨拶も無しに大地と別れ次の授業が行われる教室へといそいで移動した。



この授業はカスミが苦手としている科目なので、すこし憂鬱気味になりながら授業を受けていた。つまらない時間ほど長いもので、飽き飽きとしながらこの時間が終わるのを待っていた。これが終われば今日はもう午前に受ける授業は無い。

(やっと、終わった。飲み物を買ってから屋上で待っていればいいか……)

自販機でお茶を買ってから、カスミは大地との約束どおり本館の屋上に向かった。屋上への階段を上り、ドアを開け外にでると、屋内から屋外へ出たときのあの独特の眩しさと目の痛さに何度か瞬きをした。

目がなれて改めて外を眺めると、自分達がよく利用する商店街や遠くには海までが見えた。この大学は小高い丘の上に位置するため、その屋上からは町全体が見渡せるといっても過言ではない。

(こんなに、眺めが良かったんだ……)

いままで行く機会が無かったため、カスミが屋上を訪れたのは今日が初めてである。

(それにしても、良い天気)

秋の終わりの暖かい日差しになんだか眠りに誘われそうだ。午後の授業の予習をするべく教科書を開いたが、だんだん眠気に襲われカスミはとうとう眠ってしまった。



(新藤さん、もう来てるだろうな……)

授業の後、教授に呼び止められた大地は、頼まれた雑用を急いで終わらせ屋上へと向かった。

「ゴメンね、新藤さん! ……って、あれ?」

勢い良くドアを開け放つが、そこにカスミの姿は見えない。大地が辺りを見回すと壁の影から足が伸びているのに気がついた。大地が壁からひょっこりと顔を出すと、そこには壁に寄りかかりながら眠るカスミがいた。

(待ってる間に寝ちゃったのか……)

いくら授業があったとはいえ長い間待たせてしまったことにはかわらない、悪いことをしたなと思いつつ大地はカスミを見下ろした。

「ん……ぅ……、は……や川か?」

「そうだよ。ゴメンね、待たせちゃって」

カスミは目をこすり、眠りから完全に覚めた。
ぼーっとしている頭でどうしてこうなったのかを考える。

(たしか、……あぁ、早川と一緒にお昼を一緒に食べる約束したんだっけ……)

そう考えるとなんだかお腹がすいてきた。

「気にするな、さぁ、食べよう」

カスミは横においてあった鞄から二つの巾着袋を取り出した。
白に水色と黄色のチェックの巾着袋、もう一つはそれよりも一回り大きい黒に灰色と青のチェックの巾着袋。小さいのはカスミ、大きいほうはカナタが普段使っているものだ。

「はい。大した物は入ってないけど……」

大地はカスミから巾着袋を受け取ると、楽しそうにその中から弁当箱を取り出した。
黒いプラスチックの二段重ねの弁当箱だ。ふたを開けて、大地はまじまじとその中身を見た。

「美味しそう。じゃあ、早速……頂きます」

「そう、期待しないほうが良いけど……頂きます」

ぱくり、と一口で大地はおかずの玉子焼きを食べた。
やはりどんな反応が返ってくるのか気になったカスミは、箸を持ったまま大地の方を見て感想を待っている。

「どう?」

「美味しい。甘すぎないし、かといって味が薄いわけじゃない。新藤さんって料理上手なんだ」

「伊達に二年も一人暮らしをしてるわけじゃないよ」

そうやって笑うカスミだったが、実はさっきまで冷や汗ダラダラだったのだ。大地の言葉を聞いて内心ホッとした。

「新藤さん一人暮らしなんだ、大変だね」

「まぁ、たしかに初めの頃は慣れるまで大変だけど、でも今じゃ料理も楽しいし、両親も喜んでるし、一石二鳥だな」

「女の人の一人暮らしって普通心配するんじゃ……」

不思議そうな顔をする大地を見てカスミは笑った。カスミの家族に『普通』ほど似合わない言葉はないと自覚しているカスミは大地の言葉が 面白かった。

「普通なら心配するんだろうけどね、私が一人暮らししたいって言ったら……『花嫁修業に調度良い』って喜んでるんだ」

「花嫁修業〜!?」

「そ、花嫁修業。たしかにあのまま実家にいたら、私は料理も洗濯もしないで弟達と道場に通っていただろうしね」

実家に帰ったときの生活を思い出しながらカスミは言った。家事は母親任せで、弟達と道場でよく手合わせをしているのだ。

「道場? 何か習ってたの」

「3歳ぐらいのときから高校まで空手、流石に今は休みにちょっと顔出す程度だけど。ちなみにカナタ兄さんは剣道、高校の途中で止めちゃったけど」

カナタの剣道の実力は自他ともに認めるほどある。だから、途中で止めると言い出したときカスミは勿体無いと思っていた。
カナタ自身が決めたのだからしょうがないと口には出さなかったが、やはり今でも続けていて欲しいと思った。カスミは剣道をしているときのカナタが好きなのだ。

「へぇ、そうなんだ。僕は柔道だったらちょっとかじったことあるよ。途中で弓道に出会ってからはずっと弓道だけどね。この大学弓道サークルないから残念だったんだよね」

「さすがに弓道はやったこと無いな」

「興味あるなら、今度教えようか?」

「いいのか?」

「うん、美味しいお弁当のお礼にね」

カスミと大地は休みの日に弓道をする約束をし、本題である時間割の話をした後は世間話をしながらその日の昼休みを快適に過ごした。


 

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