男の職場


「よっ! ジオヴィス。元気してたか?」

「……それなりに。お前こそ最近顔見ないが、どうした?」

事務所兼寝床でもある三階建てのマンション内の休憩所。すなわち組織の暗殺者達が集まる場所でジオヴィスに声をかける男がいた。

「それが、厄介な仕事が回ってきてさ。なかなか敵さんの尻尾がつかめないのだよ。この 『神速のグラード』様が調べてるってのにさ……。俺の二つ名が泣いてる、しまいにゃ俺も泣いてやるぞっ! てなわけなのよ」

どんな相手のこともあっという間に調べつくすことから付けられた『神速』という二つ名をもつこの男。グラードは……組織が誇る情報屋であり、ジオヴィスの同期である。

そのことから、自然と仕事を組む回数が多くなり二人は友と呼ぶ間柄である。

裏組織の情報屋でありながらかなり口数が多いグラード。

仕事が回ってこないと困ると上司に判断されて以来、名前ばかり有名になってしまった者である。

そこが他の情報屋とは違う、只者ではない、などと言うことからさらに有名になっている。

だが本人にはそんな自覚などあるわけもなく、仕事の内容をジオヴィスにべらべらと話していた。

「人狼を作る薬を開発してる貴族がいるって話でさ。その薬に使う特殊なブツがあるらしいんだけど、それがどんなのか分からなくて……」

「そのブツさえ分かれば、そいつを作っている奴が今回のターゲットになるわけだな」

「ま、そゆこと。もしその薬を使われたら、人狼自体も始末しないといけなくなるけどな。感染型だったら困るからさ。……やけに値段が良い仕事かと思ったら面倒なことになってるし……」

コーヒーを片手にグラードは相棒であるパソコンとにらめっこを始めた。

「こうなったら、何が何でも調べてやる! このグラード様に調べられないものなどあるはずが無いのだ!」

いつものように自分に暗示をかけるように独り言を言い出した。

こうなったグラードを止められるのは自分達の上司だけだと知っている。

ジオヴィスは、コーヒーを持って邪魔にならないように少し離れたソファーに座った。

(それにしても……人狼か)

これはまるで自分ではないかとジオヴィスは苦笑する。満月の日にしかあうことの無い自分とユリア。

満月は人を狂わせ狼にするという。まさに、ユリアと会うときのジオヴィスは人狼……いや、狼男といったところだ。

「そーいや、風の噂で聞いたぞ。ジオヴィス、遊郭に最近行ってねぇらしいな。この前、あの子が泣いてたぞ、『ジオヴィスの旦那には好きな人が出来たんだわ』ってな。それにしても『来る者を拒まず去る者を追わず』なジオヴィスが一人の女に執着するとはねぇ〜」

子供が新しいおもちゃを見つけたような笑顔でグラードは言った。

「誰から聞いた」

いつもよりも低い声でジオヴィスが言う。顔には氷の鉄仮面が張り付いていた。

「か、風の噂って言っただろ。ほら、そろそろ仕事始まるだろ。さっさと、マスターのとこ行けよ。あの人遅刻に煩いからな」

マスターというのは二人の上司のこと。彼らに仕事を回すこの事務所の所長である。

「……後できっちり吐いてもらうからな」

コートを羽織ったジオヴィスは休憩室から事務所のさらに奥にある所長室へと向かった。

木で出来た扉を軽くノックしてから相手の返事を待たずに入った。

「来たか。早速だが仕事の話だ。今、グラードが調べる内容は聞いたか?」

所長の問いにジオヴィスは頷いた。

「そうか。その貴族についてだが、分かった場合お前に行ってもらおうと思う。それと同時進行で、ある屋敷に使用人として潜入し麻薬の原料を育ててる証拠を手に入れてもらいたい」

「御意。その仕事、この『影月のジオヴィス=エルフォード』確かに請け賜わる」

ジオヴィスの二つ名『影月』は影が月を覆い隠すかのようにじわじわと内側から壊していく、ジオヴィスのもっとも得意とする潜入作業から来ている。

「そうか、行け。しくじるなよ」

「仰せのままに」

所長から資料を貰いジオヴィスは部屋をでた。

自室に戻るとすぐさま資料に目を通す。

(偽名はロッド=レナード。腰を痛めた年老いた庭師の代わりに来た新米庭師。両親は田舎で療養生活のため一人住み込みで働くことになる。庭師か……やったこと無い職種だが、何とかなるだろ。それにブツには一番近い。)

木を隠すには森の中、人を隠すには人の中、植物を隠すには植物の中というわけだ。

庭師になれば麻薬の原料である植物とも係わりやすいと判断した。

そして、最後の資料である潜入先の地図を見てジオヴィスは驚いた。

ジオヴィスが潜入する屋敷は、今まで何度も訪れたことがある場所だった。

そう、ユリアの屋敷だ。




 
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