秘密の逢瀬


あれから――ジオヴィスと初めて会ってから――今日は何度目かの満月の日。

ユリアは今日も窓から部屋を抜け出し林へと向かう。

幸いなことにユリアの部屋は一階にあるため窓から簡単に抜け出せた。

息を潜めながら林の中へと入る。

梟の鳴く声が聞こえるだけでそれ以外の音は何一つ聞こえない。

奥へ進むと木によりかかるジオヴィスの姿が目に入った。

満月の光がその美しい顔に影を作っている。

(眠っているのかしら?)

海のような瞳は瞼の下に隠されたままだ。

細く長いまつ毛が影を作って己を主張しているかのようだ。

「ずいぶんと遅かったな。抜け出すのに手間取ったのか?」

ユリアが近づけばその目は開けられ、ユリアの草原のような緑の目と目が合う。

伸ばそうとした手を慌てて下ろし、頬を赤く染めながらユリアは芝生の上にしゃがみこんだ。

ジオヴィスもそれにならい腰を下ろす。

「今日は見回りの人がなかなか来なかったから遅れてしまったの。ごめんなさいね」

「いや、別に良い。それで今日は何の話をすれば良い?」

ジオヴィスはいままで様々なことをユリアに話してきた。

自分の上司や同僚達の話、仕事を失敗して生死の境をさまよった時の話。

いままで殺してきたものたちの悪行、自分を助けてくれた旅のサーカス団の話など、良いことから悪いことまで本当に様々な話をしてきた。

「どうすれば、ジオヴィスさんみたいに強くなれるのです?」

「強くねぇ……アンタなら守ってくれる人はいくらでもいるだろうに」

からかうようにジオヴィスは言ったが、ユリアの表情を見て目つきを変える。

ユリアが言ったのは冗談ではなく本気だとすぐに分かった。

「強くなるって言ったって、俺は自分の意思でこうなった訳じゃない。生きるのに必要だったから……何時しかこうなってたのさ」

「そう、……ですか」

ユリアは手を握り締めてうつむく。そう簡単に強くなれるはず無いとは思っていたが、これほどまでに大変だとは思ってなかった。

ジオヴィスは生きるために強くなったと言う。けれどそれがユリアに当てはまるはずが無い。

ユリアは今まで何の苦労も知らずにこの屋敷の中で過ごしてきたのだから……。

だが、ユリアはどうしても強くなりたかった。強くなれば元に戻れる気がしたから……。

一人でも生きていける強さがあれば……母親が生きていたあの頃の自分に戻れる気がした。

「急に強くなるってのは難しいぜ。付け焼刃の力じゃいざってときに困るしな。半端な力は判断を鈍らせる。特に引き際を見定められないうちは。……それにアンタが強くないほうが俺にとっては都合が良いしな」

ボソリ、とユリアに聞こえないように本音を吐いた。

これが愛情なのかは分からないが、ジオヴィスの中でユリアは他の女性とは違う存在になっていた。

今までには無い感情がジオヴィスのなかで生まれていた。

体の関係を求めない、求められない女はユリアが初めてだった。

今までの自分じゃ考えられないが、今の関係が壊れるぐらいなら肉体関係なんて必要ないとジオヴィスは思った。

「え? 最後なんて言いました? すいません聞き取れなくて……」

「お転婆なお姫様には王子はやってこないぜ……って言ったんだ」

「な、な、何ですかそれ!?」

ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべればユリアはからかわれたのだと思い顔を真っ赤にしながら声を上げる。

そんなユリアを見てクッとジオヴィスは笑った。

「そろそろお開きにしようぜ、寝不足はお肌の敵なんだろ?」

「まぁ、たしかにそうですね。それではまた次の満月の日にお会いしましょう」

笑顔で別れを言うユリアに何度やられてもなれないジオヴィスは戸惑いつつ片手を挙げながら、林を去っていった。



 
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