男が決めた別れ


(俺は何を……しようとした?)

ユリアの甘い香りを嗅いでから頭がぼーっとしてきて、何も考えられなくなってきて、そして……ユリアの唇を見たら。

ありえない、ユリアは今までの女とは違うと否定する理性。それとは裏腹に本当は自分のものにならない女が許せないのだろうという本能。

今までに存在しなかったタイプの女であるユリアをどうすれば良いのかジオヴィスは分からなかった。

(らしくない、一人の女にここまで惑わされるなんて……)

庭師として働き出してから、今まで見たことも無いユリアと出会った。

自分と満月の夜に会うときに見せる子供のような豊かな表情しか知らなかったが、切なげに窓の外を見つめる年相応の表情をみたとき、ジオヴィスはユリアに女を感じた。

そのとき、できることなら自分の腕に閉じ込めてその表情を隠してしまいたかった。

悲しそうなわけでも、泣きそうなわけでもなかったのに、見ているこっちが泣きたくなるような切なげな顔。

そんなユリアなど見たくなかった。

だが、それも今日で終わり。

麻薬の原料になる植物の栽培場所は分かった。ジオヴィスの仕事はここまでだ。

ここから先は警察、もしくは他の仲間たちの仕事だ。何時までも、ここに居るわけにはいかない。

自分が情報を流したとばれないうちにロッド=レナードを殺さなくてはならない。

すなわち、ロッド=レナードがここに居る必要も、存在する意味ももう無い。

『新米庭師 ロッド=レナード』は死に、『影月のジオヴィス=エルフォード』として甦るのだ。

「じゃあな、お嬢様。もう会うことも無いだろう」

今度は自分の意思でユリアに近づき、ほのかに色づいた頬に唇を落とす。

最後の別れをジオヴィスは告げた。

ユリアを一度でも女としてみてしまったら、もとよりそうするつもりだった。

幸い相手は自分の居場所を知らないのだから、こちらから会わなければ何の問題も無い。

満月の夜の二人の関係にはもう戻れないのだ。

ジオヴィスの中でユリアはもう『世間知らずのお嬢様』ではない。『何をしても全て自分のものにしたい女』になってしまった。

無意識に手を出してしまったジオヴィスは次に会ったとき、ユリアに体を求めてしまう気がしたから。

穢れたユリアをジオヴィスは見たくないのだ。たとえ、穢すのが自分だとしても。



「だから、もう……さよならだ……」



狼男が月を見て狂うように、ジオヴィスまたユリアを見て狂う。


 
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