お嬢様の勘違い


「あ、貴方!?」

「はい、自分に御用でしょうか?」

「あ、……いえ、何でもありません。お仕事頑張ってくださいね」

「新人の自分には勿体無いお言葉、有難うございます。失礼します」

庭の手入れ道具を持ち、すたすたと去っていく青年を見ながらユリアは不思議に思った。

初めて見た人だった、けれど後姿が彼に……ジオヴィスに見えて思わず声をかけてしまった。

しかし、やはり人違いで、顔も声も違っていた。

そこまで自分は彼に会いたくて仕方ないのだろうかと思うと、嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちになった。

そしてなぜ、ジオヴィスに見えたのか……しばらく考えてユリアは一つの答えにたどり着いた。

雰囲気が似ているのだと。

(ピリピリとした緊張した空気と、安心しているような優しい空気の二つが交わったような雰囲気。きっと初めての仕事で緊張しているのね)

そう結論を出すと、少し離れた場所でバラの手入れをする青年を見て満月の夜が待ち遠しくなっていた。

ユリアは部屋へ戻ると、窓際のよく日のあたる場所にある植物に水を上げていた。

昨年の誕生日に父親からもらったプレゼントだ。

ポインセチアのような真っ赤な葉を持ち、黄色の小さな花を咲かせる綺麗な植物だった。

名前は知らなかったがユリアはとても父親に感謝している。

とくにこの花の香りがとても好きで、ポプリにして持ち歩くくらい気に入っていた。

(やっぱりこの香りはおちつくわ……まるでお母様の近くにいるみたい)

目を閉じれば思い浮かぶのは優しかった母親の顔。

そしてもう一つ……ジオヴィスの笑顔。

はっとして、ユリアは目を開けると熱を持った頬に手を当てる。

(嫌だわ、私ったら……気分転換に読書でもしましょう)

そしてユリアは部屋を出て書斎へと向かった。

お気に入りの恋愛小説を読みながら、ユリアは穏やかな時を過ごした。





あの、ジオヴィスに似た青年――ユリアは後に名前を知ったのだがロッド=レナードという――が来てから一週間がたった。

次の満月まではもう一週間ある。

ユリアは最近疲労のためか貧血で倒れることがあった。そして、目覚めると何故か日が変わっていた。

このままではジオヴィスの来る満月の日には起きていられない。

なんとしてでも、それだけは間逃れなければ……と思った。

(どうしても、話したいことがあるのに……)

そう思いつつもユリアはまた夢の世界へ旅立ってしまう。部屋の中でユリアが倒れかけたとき、その体を支える者がいた。

ロッド=レナード……いや、ジオヴィス=エルフォードだった。

(……最近よく倒れるが、何かあるのか?)

ジオヴィスはベッドへ寝かせるためにユリアを抱き上げた。

そのときユリアから香る甘い香りに眉を寄せる。

何かの花の香りだろうか、その甘ったるい香りに頭がくらくらしてきた。

ユリアをベッドに寝かせ、かけ布団を胸元までかけてやると寝顔を見つめた。

ただでさえ白い肌なのに倒れた今はより一層白く感じられた。

流れるようなブロンドの髪を一束手に取ればサラリと指の間を流れ落ちていく。

閉じられた瞳は、爽やかな風が吹く草原のような緑。

そして良く喋る口は、軽く紅をさしているのか薄い桃色。

その唇からジオヴィスは視線を外すことが出来なかった。

甘い香りに誘われるがまま、頭は考えるのを止め操られたかのように無意識に、ジオヴィスは髪をもて遊んでいた指先をユリアの唇へと移す。

まるで紅をさすかのようにその指先を右から左へと動かす。

「……ん」

ユリアの声にジオヴィスは我に返り、さっと伸ばした手を戻す。

起きたのかと思えばそうではなく、ユリアは寝返りを打ちジオヴィスへ背を向けた。




 
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