時計の行方
「ったく、なんで俺が親父の買い物をしなくちゃいけないんだよ。せっかく里帰りしてやったってのに…一緒に住んでる兄貴にで頼めってんだよ…」
久々に実家へ帰れば、こうやってこき使われるのは末っ子の運命【さだめ】というものなのだろうか。
まぁ、反発ばかりしている息子は親父にとっては可愛くないのも納得しているから、どうというわけでもないのだが…。
「だからって、こんな時間にわざわざ酒を買いに行かせなくてもいいだろう」
俺の携帯電話の時間は後五分で23時になるところだった。携帯電話をポケットにしまおうとして、タイミングよくバイブが入る。
メールの差出人は、俺が実家へ帰るきっかけとなった、大学の先輩から。
適当に返事を返そうと思って携帯を見ながら歩いていたら、誰かとぶつかった。
買い物籠の中身をぶちまけながら、座り込んだのはどう見ても日本人には無い配色と顔つきの男。
人工ではだせない自然な金髪と、青い瞳は堀の深い外国人だからこそ似合うのだろう。
{すみません、大丈夫ですか}
手を出しながら、かける言葉は世界共通語とも言える英語。
専門ではないが仮にも教師という職業についているのだから、旅行で困らない程度の会話なら出来る。
{ありがとうございます。私は大丈夫です。こちらこそ、すみませんでした}
さすが、本場の英語は発音が違うなぁ…なんて思いながら、俺の手を借りて立ち上がった男を見る。
線は細いが、背は高い。俺だって日本人では高いほうなんだが…羨ましいな、くそ。
転がった相手の荷物を拾うのを手伝い―――余所見をしていた俺が悪いから、手伝わないわけにはいかない―――男は俺に頭を下げてから立ち去った。
留学生かと思ったが、見た目では相手がいくつか分からない。東洋人は幼く見えるらしいから、俺よりも確実に上なんだろうが…。
日本人の美徳であり、変なところでもある謝りぐせ―――あきらかにさっきのことは俺が悪いのに、あの男は謝ってきた―――をするあたりやはり日本に来て長いのかもしれない。
「さてと、俺もさっさと買い物済ませ…ん?」
歩こうとしたら、つま先になにかが当たった。足元をみれば、そこには丸い黒い革に包まれたものが落ちている。あの男が落としたのだろう。
拾い上げて、中身を出せばやはり丸い形のシルバーで出来たもの。手に感じる重さは本物の銀を使っているのだろう。そして、この形は子供のころ親父の部屋でよく見たものと同じ。
「懐中時計か、普段持ち歩いてるなんて今時珍しいな…」
とりあえず、革のケースにしまいポケットに入れる。
警察に届けるなら、家に帰って親父か、兄貴に渡すほうが手っ取り早い。
だが、どうしてかそんな気分にはならなかった。
あの男にはもう一度会えるような気がした。
「俺の勘は絶対外れないんだろ…なぁ、上総【かずさ】」
翌日、俺はある高校へとやってきた。俺が新任でやってきて、一年間だけ教師として働いた場所。
そのとき、担任だった生徒はもう卒業したから、俺を知っているのは一部の三年生だけだろう。
学校について一番最初に向かうのは剣道場。当時、剣道部の顧問をやっていた俺にとって一番なじみのある場所だ。
「あれ、もしかしてリンティー?」
「あぁ?…って、お前杉嶋か!?」
昔懐かしい最悪のあだ名を呼ばれ、思わずガンを飛ばしてしまった相手を良く見ると、見たことのある顔だった。
「そうそう、俺様。何々?再就職?」
「…んなわけねーだろ。先輩に呼ばれたんだよ。剣道部を見てやってくれってな」
ずいぶんと成長した生徒の頭を軽く叩く。でかくなったのは体だけのようで、三年になってもこいつは生意気なままだ。相方の長谷川は苦労しているだろうな…。
「ふーん、コバセンにか…。あ、そうそう。俺、生徒会長なんだよ。目標は先輩達みたいに楽しく笑える学校づくり!そんなわけで、可愛そうに俺は土曜も学校さ。土日は稼ぎ時なのに…」
「相変わらずだなお前…。あんま先輩に迷惑かけないようにな」
「んー、無理。だってそんなんじゃ革命は起こせないだろ。俺こっちだから、リンティーまたな」
嵐のように杉嶋は去っていった。あいつが、生徒会長…蔵沢の意思は継がれたわけか。上総が泣くな…いや、あいつのことだからどす黒いオーラを背負いながら笑ってそうだな。
俺の知る限り、この学校の生徒会長は変な奴がなるのだろう。ペテン師、オカマ野郎に続き祭り好きの杉嶋。まぁ、普通の生徒じゃやっていけないのは確かだがな…。
「こんにちは、今日一日お前らの相手になった鈴獅だ。三年は知ってるな、よろしくたのむ」
部員達の前に立ち、挨拶をすれば元気な声が返ってくる。いいなぁ先輩、素直な奴ばかりで。俺のときなんて癖の強い奴らでまとめるが大変だったんだよなぁ…。
「部長は?」
「自分です。お久しぶりです、鈴獅先生」
「慶二【けいじ】が部長か、じゃあ練習メニューはお前に任せる」
「わかりました」
俺の横に立ち、部員達に的確な指示を出しながら、狭い剣道場を時間の無駄なく使えるようにメニューを告げる。少々お堅いが、部長としての腕前はこいつの兄貴以上かもしれないな。
慶二の言うメニューをこなしつつ、休憩時間になれば三年生が自然と俺の周りに集まってくる。
顧問に在任中だとかなり厳しくしてきたが、こうしていろいろと話してくれるのはやっぱ嬉しい。
結局、練習時間内に先輩は一度も剣道場へ顔を出さなかった。俺を呼び出しといて随分な態度だとは思うが、決して口には出来ない。運動部の上下関係は恐ろしい。
仕方なく、帰る前に一言挨拶しようと思った俺は慶二に三年部の職員室へと案内をたのんだ。広すぎる校舎内では、自分にまったく関係のない場所は行かないので残りは未知の世界となっているのだ。
「それにしても、春日兄弟が部長か…。なんだかんだ言っても、お前ら結構似てるんだな」
見た目も正確もあまりにていない兄弟。共通なのは剣道だけだろう。
だが、自分から何かを進んでやろうとはしないが、頼まれたら断れず。また、頼まれたこと以上の結果を出すようなところはそっくりだ。
「そう…ですか?自分と兄が似ているなど、初めて言われました」
「そうか?俺は似てると思うが…。まぁ、あくまでも剣道についてだから、他のとこは知らないけどな」
兄弟なんて、似ても似なくても関係ないだろ。
見た目がどんなに似ていても…中身はまったく似ていない、俺みたいな兄弟もいるからな。
「そういえば、いまごろ誠一はひとりで都会人やってんのか…」
「大学卒業したら、こっちへ戻ってくるって言っていましたが。それに、鈴獅先生の赴任先も此処に比べればだいぶ都会じゃないですか」
「まぁな…ここより山の中な高校、全国探しでもあんまりないだろうな」
この市は山の中にぽっかりと開いた平地にあるから、他の市へ抜けるには山を越えるしかない。そのせいか、市内の中央部には様々な施設が集まるが、山よりになるほど過疎化していく。
山の頂上付近に作られたこの学校は隔離されてるのに等しい。かわりに校内にいろんな施設を設けてるから、そこら三流大学よりはいい施設になっている。ほんとに羨ましいぜ…。
「ここが、第三職員室です。自分が小林先生に取次ぎをしてきます」
「あぁ、頼んだ」
慶二が先に職員室に入り、先輩に呼ばれた俺が慶事と入れ替わるように中へ入る。
先輩に近づくと、その前に座る男が昨日の男だったので思わず声をだした。
「昨日の…」
「貴方は…」
「なんだ、お前達知り合いなのか?」
不思議そうな先輩に俺は昨日の出来事を話し、丁度持っていた懐中時計を男に返した。
やっぱり、俺の勘はよくあたる。
「まだ名乗ってなかったな。俺は鈴獅 聖夜【りんし せいや】だ。好きに読んでくれ。もとはこの学校で体育教師をしていたが、今は違う高校で教師をしている」
「聖夜さんですね。私はセレス・カズヤ・クロムウェルです。社会科と召喚術を担当しています」
「セレスでいいか?よろしくな」
「えぇ、かまいませんよ。こちらこそよろしく」
セレスと握手をすると、なんだか違和感を覚えた。そうか、こいつの手、スポーツをやってる手だ。
しかも継続的にやってなきゃ、こんな手にはならない。
「さてと、積もる話もあるでしょうし、私も今日は予定があるので、お先に失礼しますね」
「あぁ、お疲れさん」
「会う機会があったら、今度は飲み行こうぜ。この学校の話を摘みにしてさ」
「えぇ、そのときは是非呼んでください」
セレスを見送ると、俺はセレスの席を借りて座る。
「そういえば…今朝、杉嶋に会いましたよ。あいつが生徒会長になったんですか…」
「あぁ…。杉嶋は頑張っているさ。アイツらの後を繋ごうと必死にな…」
先輩の言うアイツらは、前の生徒会長達のこと。生徒を思い、仲間を思う強いやつらだった。そして、それを近くで見ていた杉嶋は人一倍、あいつらを慕っていたからな…。
「あいつら、今頃どうしてるんすかね…」
「何だ?卒業を見送る前に辞めたこと後悔してるのか?」
「まさか…そんなんじゃないっすよ…」
この高校を辞めたことに後悔はない。あのときの判断は間違っていないと今でも思っている。
ただ、気になっていたのは…今のアイツらではなくて、学生だったアイツらの思いを受け継いでくれる人がいるかどうか…。
けれど、その心配も今無くなった。
「杉嶋なら…あいつらの努力を無駄にはしないでしょう」
生徒達の意思は受け継がれていく。それは、大人には分からない何かで繋がっているのだ。
大人になったかつての生徒達にももう分からなくたってしまった何か…。
生徒達の意思は、生徒達により受け継がれ、生徒達にのみが理解し、生徒達の手により守られていく。
それを間近で見ることができる教師は幸せ者だ。
だから後悔はしていないが、ごくたまに、ほんの少しだけ先輩が羨ましい。
そして、それを見届ける勇気を持てなかった22歳の俺が恨めしい。
ナァ、アノトキオマエタチニハイッタイナニガミエテイタンダ?
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