進む企画に、新たな契約
「コ・バ・セ・ン。みーっけ!」
第三職員室の片隅。コーヒー片手に放課後の平和な時間をまったりと過ごす小林。その背中に巨大な影が迫り寄る。
「き、気色悪い声だすんじゃねーよ。杉嶋ぁ!」
隼人の声を聞いて鳥肌を立てた小林。腕をさすりながら隼人を睨む。
「気色悪いなんてひっでーなぁ。俺のガラスのハートは砕けやすいっつーのに…。まぁ、そんなことはおいといて…企画書が出来たから持ってきた」
小林は隼人から企画書を受け取り軽く目を通す。文武両道の人材を見つけるには丁度いい内容だ。
到底、隼人には考えられないまともな案ばかりだ。
「明里の案で、授業を潰さない様にしたらこうなった。体力テストはどのクラスも一番初めに授業でやるから丁度いいだろ」
「そうだな…。このIQテストってのは、お前の案か…」
先週、IQサ●リで全問スッキリしたと隼人が騒いでいたのは、三年のほとんどが知っていることだ。おそらくそこから考えたのだろう。
「よく分かったじゃん。で、最後に魔力調査。まだやってないって聞いたから、コバセン達にとっても都合がいいと思ってさ」
「確かにそうだが…何でお前が知ってるんだよ」
「いやぁ〜、コバセンとクロヤンが話していたのを小耳に挟みまして…」
「私がどうかしましたか?」
隼人と小林の会話に入ってきたのはセレスだ。部活の道具を持ちながら歩いてきて、小林の前の席に座る。
「クロヤン部活長かったんだ。お疲れ〜」
「えぇ、どうも。杉嶋君は生徒会の仕事ですか?」
疲れを見せずにセレスは爽やかに笑顔を見せる。
「そろそろ、1年の生徒会メンバーを決める時期なんだよ。ところで杉嶋、この+αってのは何すんだよ」
セレスの問いに答えたのは隼人ではなく小林だ。
「あぁ、それは人気投票のことだ。さすがにそれくらいは無いと2、3年はつまんねーし」
「なるほどな。まぁ、これなら何とかなるだろ。校長に出して来い」
小林は企画書を隼人に返す。隼人は「りょーかーい」と言いながら職員室を出ていく。おそらくこのまま校長室へ向かうのだろう。
「小林先生も大変ですね。でも…生徒課では無かったですよね?」
はぁー、とため息をつく小林に苦笑しながらセレスは言った。
「というか、生徒課自体存在してねーし。これは生徒会長をクラスにもった担任の運命【さだめ】ってやつだ」
小林は温くなったコーヒーを一口飲んだ。セレスの言うように、大変だが決して苦ではないと思った。
有田みどりは陸上部に入った一年生だ。
部活の時間は終わったが、自主練習としてグラウンドを走っていると、帰ろうとしているクラスメイト二人を見つけ声をかけた。
「おーい、日高!宮之!」
二人は戻りに気づき立ち止まる。そこへみどりは走って行った。
流石は陸上部とでもいうのか、あっという間についてしまう。
「今、帰りか?」
「はい、そうです。有田さんのほうは自主練習ですか?部活の時間は終わりましたよね」
「うん。走るのは好きだし。じゃあ、気をつけて帰れよ」
みどりは手を振りながら、グラウンドのトラックへと戻り、再び走り始めた。
寮生活を送るみどりは日が沈むころ、学生寮へと戻った。シャワーを浴びて、夕食のために友人達と食堂へ向かう。その入り口で兄の真【まこと】と出会った。
「あれ、お兄達だ。今日は上がるの早いじゃん」
「ライトの調子が悪くて外で練習できねーんだよ。本当ならあと2時間はやりたいぐらいだけど、灯りが無きゃ何も出来ねーし」
みどりの兄、有田真は三年生でカラクラの一つ『赤の野球部』をまとめている部長だ。
真からこの学校の話を聞いていたみどりは他の一年生ほど驚くことは無い。
「ふぅん…。じゃ、僕は友達待たせてるからもう行くな」
「おう。そういや…一年はなんかやる見たいだな。まぁ、頑張れや」
二人はそれぞれの友人達の待つテーブルへと移動して夕食をとった。
夜10時。食堂が閉まる。寮生は交代で片づけを手伝うことになっていて、今日はみどり達のグループが担当だった。
「みどりちゃーん、これ冷凍庫だって」
「分かった。これで最後だから、先に帰っててよ」
みどりはダンボールを持って冷凍庫へと向かった。冷凍庫に入ってみどりが見たものは幸せそうに眠る女の子だった。
(な…なんでこんなところに女の子?)
みどりはダンボールを棚に置くと女の子の側にしゃがみこんだ。
「おーい、大丈夫か?」
心配して声をかけると、女の子はゆっくりと目を開ける。
「んー、だれ?」
「僕?有田みどり。何でこんなところにいるか知らないけど、風邪引くぞ」
本来なら風邪どころじゃすまないのだが、女の子は気にした様子も無くみどりを見ている。
「アタシの心配してくれたの?ありがとう、アタシはオルムっていうの。よろしく」
ここへ来て初めて人に心配されたオルムは、嬉しくてみどりに抱きついた。
(あれれ?お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだったんだ…)
見た目は男前だが、抱きついたときの感覚でみどりが女だと知る。
「うわっ!びっくりした。てか、寒い。いつまでもこんなとこにいないで、外出るぞ」
みどりはオルムを自分からはがすと、手を繋いで冷凍庫から出た。
「優しいんだね、お姉ちゃん。アタシ、優しい人って大好きー!」
(見た目も格好いいし、自覚無いけど魔力もあるし…主になってくれないかなぁ〜)
内心では違うことを考えているオルムだが、みどりがそんなことに気づくわけが無い。みどりから見たオルムは人間とちょっと違う感じの妹みたいな女の子だ。
「みどりでいいよ。オルムはなんであんなところにいたんだ?」
「アタシはね、氷の魔族だからあそこは住処に丁度いいの。ところで、みどりちゃんはまだ誰とも契約して無いでしょ?だから、アタシの主になってくれない?」
この学校の生徒と契約すれば、校内を自由に歩きまわれる。そうしたら、いつでも隼人、司、夏樹に会いにいけるとオルムは考えているのだ。
「主じゃなくて…友達として契約しないか?」
「友達?…それでいいの?」
自分を呼ぶ人間達は、いつも自分を下僕だといってこき使ってきた。もちろん度が過ぎれば主人だろうと関係なくオルムは罰してきた。
だから、友達として契約したいなんて言われたのは初めてだった。
「あぁ、僕とオルムは契約をしても立場は平等。そっちのほうが、楽しいだろ?」
「うん!それってとっても素敵なことだね」
こうして、みどりとオルムは契約をかわす。二人の間に結ばれるのは“友情”という名の契約だった。
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