転校生だと先生に紹介されていた生徒は、朝、保健委員の彼女が言っていた通りになまえと同じクラスで男子生徒であった。
制服がまだ間に合っていないらしく、今週一杯は前の学校の制服だという説明を担任がしているのを聞き流しながら、なまえはボウッと男子生徒を見つめている。
名を花京院典明という男子生徒は、特に緊張しているというわけでもなく皆の前に立って担任の話を聞いていた。
後ろの方の席の女子生徒たちは格好良いだの素敵だの彼の容姿に嬉しそうに騒いでおり、男子生徒たちは転校生が女子生徒でなかったことに少し落胆しているよう。
席はどうやら窓側の一番後ろに新しい机が置かれていたのでそこらしく、真ん中の一番後ろに座っているなまえの二つ隣のようだった。
朝の会話を思い出し、転校生は人が良さそうなので保健委員になってくれそうだな、と花京院から視線を保険委員の彼女へと移す。

「……………………」

花京院から視線を逸らしたなまえのことを、花京院は観察するように見つめていた。

「あー、君、ちょっと、えっと、」

「?」

女子生徒に群がられていた彼は大変そうだったなあ、と思いながら騒がしい教室から逃げてきたなまえは玄関で靴を履き替えようとしていた。
そんななまえの後ろから聞こえてきた声に気付いたなまえは振り返る。
声は少し遠くから聞こえたので自分ではないだろう、と一応振り返ったなまえであったが、その背後にあった光景に少しばかり驚いて固まった。

「えっと…………」

そこには、大量のプリントを持った男がじっと立っていたのだ。
その光景だけではその人物が男なのか女なのかわからなかったが、先ほど聞こえた声は低かったのできっと男だろうとなまえは恐る恐るその人物に近付く。
白いプリントと同じくらい白い白衣を身につけたその男になまえは見覚えが無かった。

「申し訳ないんだけど、もし急いでいなかったらこのプリントを運ぶのを手伝ってほしいんだ。もし良かったらで良いんだ。もし暇で仕方ないというなら…」

「て、手伝います」

人付き合いが悪いと言っても、目の前で困っている人に手伝いを頼まれてごめんなさいと帰宅出来るほどなまえも人でなしではない。
というよりも目の前の男があまりにも不憫に感じられたので、なまえは履き替えようと出していた靴を靴箱にしまうと男が持っていたプリントを少し受け取った。
チラリと見てみればどうやら生徒の健康診断の用紙らしく、そういえばもうすぐそんな時期か、と生徒の名前だけが印刷された用紙を見下ろす。

「いやあ、助かったよ。ありがとう」

なまえが少し用紙を持ったので、男の顔が見えるようになった。
顔が少しばかり厳つかったのでなまえは顔を強張らせたが、礼を言われてなまえは静かに首を振る。
薄々感づいてはいたものの、男は保健室の前で立ち止まった。

「すまない。開けてもらえるかな?」

「あ、はい」

プリントを落とさないように気を付けて扉を開ける。
先に男が入り、次いでなまえが入って後ろ手にゆっくりと扉を閉めた。
男が机の上に置いたプリントの横になまえもプリントを置き、ふぅ、と小さく息を吐く。

「(…………………あれ?)」

いつもならこの時間もここに不良達がいるのだが、保健室はシーンと静まり返っていた。
確かにここにくる理由の半分か3分の1くらいは産休で休んでいる保険の先生目当てだったかもしれないが、授業をサボっている不良達が行くのは保健室か屋上くらいだ。
もしかしたら他にも行く場所はあるのかもしれないが、なまえに思いつくのはそのどちらかくらいである。
ここが家ではないのだからいなくとも不思議ではないのだが、今日に限ってはなんだかそれが引っかかった。

「ありがとう。えーっと…君、名前は?」

「名字です。2年の」

「そうか。俺は虹村。休暇をとっている前任の保健医のかわりに来たからそう長くはいないが、よろしくな」

「あ、はい……」

そうこちらを見下ろした目から、なまえはふと視線を逸らしてしまう。
逸らした理由をなまえは理解していなかったが、なんだか妙に居心地が悪かったので早く帰ろうと虹村先生に挨拶をして保健室の扉に手をかけた。

「……………………」

後ろから声をかけられることは無かったものの、何故だか自分の後姿をずっと見られていたような気がしてなまえは保健室から遠ざかってようやく大きく息を吐く。
いつも通りに過ごしていれば保健室に行くようなこともないだろうし、と考えて。

「(凄い悲鳴……)」

玄関に近付けば近付くほど、キャーという黄色い悲鳴が大きくなる。
そういえばここ最近この悲鳴を聞いていなかったな、と思いながら自分の靴を靴箱から取り出した。
どうやら悲鳴は入り口付近であがっているらしく、その原因も薄々気付いていた。

「あれ………?」

しかし、なまえか考えていた原因とは違ったのである。
悲鳴の中心にいたのは今日転校してきた花京院であり、しかしなまえが想像していた人物とは違って笑顔で一人一人に対応していた。
その全てが誘いの断りなどだったが、大変だなあとその集団の横を通り過ぎようとする。

「あ、名字さん」

「?」

ふと、花京院を取り巻いていたうちの1人がなまえの存在に気付いて振り返った。

「今度、花京院くんの歓迎会を開こうと思うんだけど、来ない?」

「あー…ちょっと難しいかも」

「そっかぁ。残念。でもさ、花京院くん、格好良いと思わない?」

何事かと思えば、歓迎会のお誘いだった。
毎回そういったことを断っているというのに一応声をかけてくれる彼女が優しいのか、それほどなまえの人柄が良いのか。
なまえにとってはどちらでも良かったし、彼女も今はそんなことよりも目の前の花京院に夢中だろう。

「ついこの前まで、空条くんに騒いでなかったっけ…?」

「え!そりゃジョジョも格好いいけど、花京院くんはジョジョとは違う格好良さがあるじゃない?なんていうか…」

「えーっと…まあ、頑張ってね」

―――空条承太郎。
なまえが彼女達の悲鳴の原因だと思っていたのは、ジョジョと呼ばれる彼だった。
彼が歩いているだけで悲鳴があがり、怒鳴れば何故か女子生徒たちが「自分に怒鳴った」と言い争いを始める。
初めの頃はモテすぎるにも程があるだろと苦笑いをしていたものの、既に日常となってしまったそれに反応することも無くなった。
話が長くなりそうな彼女に応援の言葉をかけ、その悲鳴から逃げるように校庭を横切るように校門へと足を運ぶ。
なまえはジョジョと呼ばれる彼とは数回ほどしか喋ったことしか無かったが、きっと取り巻きの女子生徒たちを転校生に取られたからといってがっかりする人でもないだろう。
むしろ静かになって有り難いと、転校生に感謝の意さえ覚えるかもしれない。

「(あー……でも)」

さっきの女子生徒の言葉を思い出し、彼が静かに学生生活を送るのは難しいかもな、と他人事のように同情した。


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