それは、忘れた頃にやってくる。
熱さと冷たさと、一人ぼっちであるという孤独感。
逃げようともがいたところで、何の解決にもならない。
息苦しさと同時に、身体が楽になる安堵を感じて。
沈もうと伸ばした手は払われ、光へと引き上げられる。
その先にいたのは―――誰だっただろうか。

「…………………」

夢から覚める。
夢から解放されたというのに、なんだかとても息苦しかった。

「時間…………」

枕もとの時計を手に取り、まだ寝ぼけている頭でそれを理解しようと顔の近くまで持っていく。
短いほうの針が指しているのは6の数字。長いほうをちらりと見れば、今まさに頂点へ達しようとしているところだった。
どうやら、うるさい音が鳴り響く前に起きてしまったらしい。
目覚まし機能をオフにし、ゆっくりとベットから立ち上がった。

「(朝ごはんは…パンでいいか)」

高校生になってからは1人暮らしをしているので、おはようという挨拶をする人もいない。
1人暮らしをはじめる前は自分のことですら自分でしていなかったので、時間に余裕をもって行動するということを身につけることが出来た。
しかし遅刻するときはするので、完全に安心出来るとはいえない。

「いってきます」

誰も居ない室内に玄関先でそう呟き、扉を閉めて学校への道を歩き出した。

「おはよう。名字さん」

「ああ…おはよう」

高校2年生である名字なまえに、この学校で友達と呼べるような人間はいない。
かといっていじめられているというわけでもなく、話しかけられれば比較的きちんと受け答えをしていた。
ただ、誰かが遊びに誘ったりなどをしたところで、なまえがそれに参加したことが無い。
本人はお金が無いからという理由で断ることが多かったが、一人暮らしをしているなまえの経済状況はそれほど困ったものではなかった。

「今日も早いね。いつも何時に起きてるの?」

「6時くらい」

「へえ。じゃああたしと同じくらいだ」

「そうなんだ」

朝、学校へ登校しているとたまに彼女と出会う。
同じクラスの保険委員なのだが、その雰囲気からか皆にはリーダーと呼ばれているのでなまえは彼女の本名を思い出せるかが多少自信がなかった。
彼女はなまえとは対照的に社交的で、同じクラスだけに留まらず他のクラスの生徒とも交流があるらしい。
そんな彼女は、他のみんなに対するものと同じようになまえに対して笑顔を向ける。

「そういえば、名字さんって委員会入ってなかったよね?」

「うん」

「産休で休んでる先生の代わりに新しく来た先生が保健委員がもう一人欲しいって言ってるんだけど、もし良かったら名字さんやってくれないかな?」

「……なんで私に?」

それはやりたくないからという意味ではなく、純粋にどうして自分なんかに声をかけたのか、ということだった。
学校の行事などの仕事は周りに迷惑をかけない程度にしているものの、積極的に参加するタイプではない。

「あー…他の人にも声をかけたんだけど断られちゃって。名字さんはアルバイトとかで忙しいかなーって思ったんだけど、もし良かったらどうかな、って」

なるほど、となまえは頷く。
悪い意味ではなく、彼女は自分を後回しにしてくれたということだった。
確かに前、クラスの集まりか何かを「バイトがあるから」という理由で断った気がする。
それをわざわざ覚えていたのか、とそこに多少なまえは驚いていた。

「悪いけど…私は」

「そっかー…。あ、別に気にしないで!実はもう一人、声をかけようと思ってる人がいるんだ」

何故かなまえよりも申し訳無さそうに笑う彼女は、気を取り直したように楽しそうな笑顔へと表情を変える。
表情がコロコロと変わる子だなあ、となまえは頭の中でこっそりと彼女の名前を思い出そうとしていることに気付かれないか不安になりながらその笑顔を見つめた。
周りは徐々に賑わってきており、学校に近付いてきているのだということがわかる。
普段この辺でキャーキャーと騒がしい女子生徒たちがいるのだが、最近見ていない。
何かあったのだろうかとチラリと辺りを見てみるが、ほとんどの生徒が眠そうに鳥居をくぐっているだけだった。

「名字さん。知ってる?あたし達のクラスに、転校生がくるんだって!」

「転校生?」

その情報は初耳だ、となまえは驚いたように隣を歩く彼女へ顔を向ける。
彼女は内緒だとでもいうように、なまえの耳に顔を寄せて小声で喋り始めた。

「新しく来た保健の先生が言ってたの。もし誰も委員会に入ってもらえないようだったら、転校してくる生徒を勧誘してみたらどうだって」

「保健の先生が……?」

「うん。でも男の子らしいからなあ…。あたしは出来れば女の子がいいんだけど。まああの先生も男の人だし男の子のほうがいいのかな」

仕方ないか、と彼女が呟いたところで、なまえたちは学校の玄関へと到着する。
なまえはあまり保健室を使用したことがなかったが、前の先生のことは覚えている。
皆が保健の先生、と呼ぶものだからやはり彼女の名前を記憶していなかったというものの、明るく気さくな彼女は学校にいる不良達とも仲良くしていた。
保健委員のことで悩んでいる彼女でも、不良達と仲良くというのは難しいらしく、あまり関わっているところを見たことが無い。

「それじゃ、名字さん。私は虹村先生のところに寄ってから行くから、また教室でね」

「虹村先生?」

靴を履き替えたなまえに手を振る彼女が口にした名に、なまえは首をかしげた。
生徒の名前を覚えていないなまえが先生の名を覚えているはずがなかったが、聞いたことがあるなら思い出せるくらいには記憶している。
だが、その虹村という名に聞き覚えはなかった。

「新しい保健の先生だよ。虹村……なんていったかな?いい人そうだし、もし怪我したら手当てしてもらってね」


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