「空条くん!ポルナレフ!」
なまえが、ホテルの扉を開けて勢い良く部屋の中へ入ってくる。
なまえはそのまま2人へ駆け寄ろうとして、その異様な光景に足を止めた。
床に倒れ、苦しそうに何かを伝えようとしているポルナレフと、赤ん坊の死体が足に抱きついたまま動かない承太郎。
そして、それをじっと眺めているエンヤ婆。
「ど、どうしたの2人とも…」
あまりの不気味さになまえは一歩下がろうとして、何かが背中に当たり、その足を止める。
今自分が開けた扉は遠くにあるはずで、ここまで真っ直ぐ進んできた際に障害物はなかったはずだ、と恐る恐る振り返った。
ぼんやりと、こちらを見下ろす死体と目が合った。
「なんなの!一体!!?」
「こんなになってまでわからんとは、DIO様もどうしてこんな小娘を連れて来いというのか…」
「……DIO?」
先ほどのようにこちらへ襲ってくるわけでもない死体よりも、なまえはエンヤ婆が零したその単語に反応した。
今――彼女はなんと言った?
「あなた…まさかスタンド使い、」
「その通りじゃよ。そしてあまりにも遅すぎる。一体何が貴様の判断力を鈍らせた?そんなんでは、DIO様に会う前に死んでしまうかものお…」
エンヤ婆は承太郎たちから視線を顔ごとなまえへ向け、可笑しそうに呟く。
しかし、その顔に笑みは浮かんでいない。
「じゃから、ここでDIO様に会わず死んでも仕方ないなァ!!!」
「っ!?」
突然声を張り上げたエンヤ婆に、なまえは身構える。
先ほどまでの承太郎たちとのやり取りを見ていなかったなまえに、エンヤ婆のスタンド能力がわかるはずもない。
また死体か、となまえは後ろを振り返ったが、その死体はいつの間にか力なく地面へ突っ伏していた。
「………え?」
「なまえ!後ろだ!!」
一瞬思考が停止したなまえの背中に、ポルナレフの声が飛ぶ。
なまえはその声と同時に反射的に振り返った。
次の瞬間、承太郎の拳が床へ倒れている死体へとめり込んだ。
「あ……え?」
再び、なまえはそんな言葉しか発することが出来なかった。
先ほどは影になっていてわからなかったが、なまえは自分に覆いかぶさろうとしていた影と自分の位置を入れ替えたのであり、空条承太郎の位置を変えたわけではない。
しかし、きちんと目で追えば、"影"は確かに承太郎だった。
ポルナレフの横に立って居たはずの承太郎は、その拳をなまえへ振り下ろすために飛び掛ってきたのである。
「く、空条くん……?」
「なまえ!今の承太郎はエンヤ婆のスタンドで操られてて危ねぇ!今すぐ逃げろ!!」
「お黙りポルナレフ!!」
エンヤ婆が怒鳴ると同時、ポルナレフは再び口を閉ざされる。
なまえは未だに困惑していたが、上半身を起こしこちらを見下ろす承太郎の顔が焦りに歪んでいるのを見て、ポルナレフの言葉が真実だと悟る。
そして―――エンヤ婆のスタンド能力がどれほど強力なものかを、理解した。
「"他"のスタンド使いは貴様をDIO様の下へ連れて行こうと考えておるが、だが――しかし、DIO様にあんたは不要じゃよ」
「っ、」
なまえはエンヤ婆に向き直り何かを言いたかったが、今の承太郎に背中は見せられないと唇を噛む。
ただ、エンヤ婆のスタンドとはいえ完全に承太郎を操れているわけではないらしい。そこは、ポルナレフや他の死体などにリソースを割いている影響だろう。
なまえにはエンヤ婆のスタンド――"正義"の名前も発動条件もわからない。
この場にいないジョセフと花京院は恐らく他の死体と戦っているのだろう。
「DIO様に会ってその生き血を喜んで捧げるというのなら見逃してやろう。だが、ジョースター達とこのまま旅を続け、DIO様に敵対しようというものならば、DIO様が直接手を下す必要もなかろう」
「DIOは私の生き血が欲しいと?」
「さあな。だがそのくらいしか貴様に価値はないだろう」
なまえの表情は変わらない。
「私は、DIOに会いに行くよ。…ジョセフたちとね」
なまえは向き合う承太郎の目を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。
「ならば死ねぇ!小娘!!」
今までエンヤ婆のスタンドに抵抗していた承太郎の身体が、がくん、と動く。
「なまえ!承太郎!!」
再びポルナレフの口が開くが、間に合わない。
「――『正義』!」
エンヤ婆が叫ぶ。
しかし、なまえも口を開いた。
なまえの背後になまえのスタンドが出現する。
そのスタンドの両手に2枚の半透明なカードがあることを、承太郎は見逃さなかった。
そしてそのカードが宙に浮き、右手にあったものは左手へ。左手にあったものは右手へ移る。
「『盤上の支配者』!」
なまえが叫んだ名は、聞いたことのない単語だった。
瞬間、なまえはあろうことか拳を振り上げ、自身へ向かってくる承太郎へ殴りかかろうとした。
しかし――承太郎の身体はそのままなまえの横を通り抜け、出せなかったはずの『星の白金』が承太郎の背後へ現れる。
「何ィ!?」
エンヤ婆は、突然のことに目を白黒させる。
次の手を打つのはその後だったが――承太郎を相手に、その行為は遅すぎる。
「…や〜れやれだぜ。バアさんよ、もう戦いは終いだ」
スタンド自身に効かないのならば、と"本体"へ攻撃されると思ったのだろう。
エンヤ婆は咄嗟に身構えていたが、余裕ぶった言い方をする承太郎に勝機を逃したなとばかりに顔を歪ませた。
「何故動ける空条承太郎!!!」
「…さぁな。俺にもよくわからんが、そこの"小娘"なら知ってるかもな」
なまえは行き場の無い拳を振り下ろしたまま、承太郎に背を向けている。
承太郎はエンヤ婆が何かを言う前に、視線を背後から目の前のエンヤ婆へ戻し、言葉を続ける。
「"今"のはかなり危なかったが、もうあんたがあと一回呼吸するうちにその『スタンド』は倒すぜ」
「なあにィ。あと一回何をするだって〜〜〜このドグサレスカタン野郎が!!」
「…………………」
「一回呼吸する間だとォ〜すぐしてや…」
エンヤ婆の言葉が止まる。
それまでか、動きもピタリと止んだ。
そして、ピクピクとその体は痙攣し始める。
「一回…ぐっ、ただの一回……」
苦しそうなエンヤ婆の声。
その表情も、声と同時に苦しみに溢れていく。
「あっ!」と声を発したのはポルナレフ。倒れたままでは角度的に見えなかったものの、首が動くようになったので少しあげてみれば、大きく息を吸う『星の白金』の姿を見た。
―――否。
『星の白金』が吸っていたのは、空気だけではなくエンヤ婆のスタンドである『正義』をもである。
「承太郎の『星の白金』が霧の『正義』の頭を吸い込んでおさえつけているッ!」
これでは呼吸ができないと、ポルナレフの視線は今だ"一回"の呼吸が出来ずに苦しんでいるエンヤ婆へ移る。
エンヤ婆はそのまま成す術なく泡を吹いて倒れ、承太郎は「バアさんの頭の中にも大好きな霧がかかったようだな」と冗談を言う余裕も取り戻していた。