正義というものは存在する。
それは目に見えず、掴むことはできない。それでも、誰であれそれを持つことは出来る。

――――それが他者から見て、"正義"ではないとしても。

「わしの息子J・ガイルはきさまに卑怯なことをされて、もっともみじめで悲しい気持ちで死んでいったのじゃ!」

エンヤ婆が、後ろに"死体たち"を引きつれそう叫ぶ。
そう――――"死体"である。
『道路の真ん中で死んでいた』あるいは、『なまえを襲撃した』死体。
彼女のスタンド、正義ジャスティスは"霧"のスタンドである。
実体を持たないソレは傷口に触れるとその傷口からカッポリと穴を開け、その穴から霧が糸のように対象者の身体に入って彼女の"あやつり人形"とする。
ポルナレフはその舌に穴を開けられ、意識はあるというのに身体のいうことが効かないでいた。
それは―――先ほどエンヤ婆に攻撃されたホル・ホースも同じである。
そして勿論、エンヤ婆の後ろにいる"死体"ですらも。

「ッ!?」

しかし小さく肩が跳ねたのはあやつり人形になってしまったホル・ホースやポルナレフではない。
突然の背後での大きな音に驚いたのは、"エンヤ婆自身"であった。
ポルナレフやホル・ホースがいる部屋の扉は閉めてある。
憎き復讐相手が目の前にいるとはいえ、背後に忍び寄る気配に気付かないわけが――――

「………………………」

驚いて振り返った先にいたのは、無表情の空条承太郎。
じっとエンヤ婆を見下ろしている承太郎の表情からは何を考えているのかが全くわからない。
そんな承太郎を見てエンヤ婆は滝のように冷や汗を流すが、平静を取り繕うと焦って口を開いた。

「な…なんですじゃ、いきなりノックもせんと入ってきて。なんの用ですじゃ?びっくりしますじゃ…」

「……………ポルナレフのやつを捜しにきたんだ。今…ノックと言ったのか?ノックはしたぜ。"何かに夢中になりすぎて聞こえなかったのとちがうか"…ばあさんよ」

ポルナレフのやつを知らないか、と承太郎は涼しい顔でエンヤ婆に訊ねる。
エンヤ婆は―――考える。
今までのポルナレフとのやりとりを彼は聞いていたのか。それとも本当に知らないのか。

「(いいや待てよ、この承太郎…ポルナレフと違って抜け目ないヤツだから探りを入れて質問しているにちがいない。とぼけた途端、このわしのことを怪しいと思うかもしれん!わしに背を向けた瞬間、このハサミで刺してやるわッ!)」

あとは『スタンド』でなぶり殺しだ―――と、エンヤ婆は笑顔の後ろで答えを出す。

「ええ。知ってますとも。ポルナレフならどこにいるかよーく知っていますよ承太郎さん。トイレですよ。今、会いましたトイレにいましゅよ承太郎さん」

「………なんだトイレか。トイレはこのドアの奥か」

「そうですじゃ……………トイレはこのドアを入って、ろーかの一番奥のドアですじゃよォオオオオ」

承太郎はくるりとエンヤ婆に背を向け、エンヤ婆が指し示した扉へ近付いて行った。
エンヤ婆は気付かれないよう静かにその懐からハサミを取り出す。
ガチャリ、と承太郎がドアノブを回そうと。シュゴーッ、とエンヤ婆は承太郎に飛びかかろうとして。

「そうだ思い出した。ひとつ聞き忘れたがバアさんよ」

そう呟きながら承太郎は振り返る。その瞬間、エンヤ婆の両足を自身の足で"さばいた"。
エンヤ婆はバランスを崩し地面へ顔から倒れこむ。
その際持っていたハサミが床に刺さり―――顔に刺さりそうになる。
突然のことに動揺し、「危ねえッ!」と大声を出すものの、承太郎は平然とした様子で「大事故にならなくてよかったぜ」とエンヤ婆を見下ろした。
そしてエンヤ婆の表情が歪むのも知らず、承太郎は言葉を続ける。

「転んだまんまですまねーが、質問を続けさせてくれ。今、どうしておれの名を『承太郎』と呼んだ?一度も名乗って無いし、誰もおれの名をあんたの前で呼んでないのによ。それを聞きてえんだ」

エンヤ婆は承太郎の言葉にハッとしたように起き上がった。
その額に冷や汗を浮かべながら、承太郎へと恐る恐る視線を動かす。
「なあ答えてくれ」と急かす承太郎に、エンヤ婆は演技か焦りか、咳き込みながら口を開いた。

「宿帳ですよぉ〜〜っ、宿帳にさっきひとりずつ自分の名をお書きになったじゃあありませぬか」

「これのことか」

承太郎はいつの間にかこのホテルの宿帳を手にしている。
自分達の名が書かれているページを開き、エンヤ婆に見せた。
エンヤ婆は数秒間それをぼんやりと眺めていたが、あることに気付いて小さく声をあげる。
そこにはジョセフ・ジョースター、ジャン・ピエール・ポルナレフ――そして、"空条Q太郎"の文字。
ついでに言えば花京院は『のりあき』でなく『てんめい』と書いており、なまえに関しては何も書いていなかった。

「どこにも『承太郎』なんて書いてねーぜ。最初に会った時、ジョースターと呼んだときから怪しいと思っていたのさ。みんなにもおれの名は呼ぶなと言っておいた…だのにおれの名を知ってるってことは……とぼけてんじゃねえ。もうスタンド使いの追手ということがバレてんだよババア」

承太郎は警戒していた。花京院もその警戒に反応して油断はしていなかった。
ジョセフは疑惑を抱えるだけだった。ポルナレフはそんなはずはないと何も思わなかった。
なまえは―――ずっと他のことを考えていた。
だからこそエンヤ婆は今の今まで承太郎たちが自分を怪しんでいることに気が付かなかったし、"なまえたちはエンヤ婆の正体に気付けなかった"。

「…………………」

エンヤ婆はもう何も言わなかった。
取り繕うとも、言い訳を考えようともしなかった。
その表情は真剣だった。それはもはやただの"宿屋の主"ではない。
『スタンド使い』―――DIOの刺客。

「さあ、どうした。あんたの『スタンド』を見せてこないのか」

「もう―――すでに見せてるよッ!!!」

その気迫が合図。承太郎が先ほど開けようとしてた後ろの扉が勢い良く開き、大量の"死体"が承太郎へ襲い掛かる。
だが、承太郎に数で襲い掛かろうと死体は死体。
自身のスタンドの敵ではないと、その自慢のラッシュで全てを蹴散らす。
しかしエンヤ婆は笑った。勝ったとでもように、不気味に高らかに。
承太郎はそこで、自身の左足の違和感に気付いた。
赤ん坊の死体が―――自身の左足に"傷"をつけたのである。
エンヤ婆は腹の底から笑う。数が意味を成さなくとも良い。元より数で勝とうとは思っていない。これは作戦だ。これは正義だ。"最終的に勝利を手にするのだから―――自身のスタンドは正義ジャスティスなのだ"。

「わしのスタンド『正義ジャスティス』は勝つ!ほんの一箇所でいいのさ。ほんのちょっぴりでいいのさッ。術中にはまったんだよ!承太郎!!」

開いた扉の奥で、地面を這いながらも承太郎へ手を伸ばす2人の姿。
ホルホースと、ポルナレフ。彼らの存在に気付き、承太郎は驚いたようにポルナレフの名を呼んだ。

「承太郎!おれだホル・ホースだ!そのエンヤ婆のスタンドは『霧』のスタンド!刺されたその傷はおれのように穴があいて霧にあやつられるぞッ!死体でさえも自由に動かせるんだ…」

「おだまりホル・ホースッ!」

死体とポルナレフの操作に集中していたのか、口の自由がある程度効きはじめたホル・ホースが藁にも縋る思いで承太郎へ情報を渡す。
しかしすぐにエンヤ婆に怒鳴られ、その穴の開いた手で自分の顔を殴るよう操られてしまった。
ホル・ホースも突然のことに抵抗できず、そのまま気を失ってしまう。
承太郎は『霧』へと攻撃を仕掛けるが―――『霧』は避けも隠れもしない。
そんなことをしなくとも、彼の攻撃は通用しないのだ。

「拳で霧がはったおせるかッ!剣で霧が切れるかッ!銃で霧を破壊できるかッ!」

そう―――もし自身の企みが承太郎たちにバレたとしても、彼らが自身のスタンドに勝利する方法は無いのである。
だからこその"正義"。何者にも負けない"絶対"。勝利を手にするということは既に"決まっている"。

「『正義ジャスティス』は勝つッ!」

彼らがエンヤ婆の"敵"である限り―――決して"勝利"は与えられない。


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