ジョースター一行が割り当てられた部屋に入り休息している頃、1人の男が来客を知らせるベルを鳴らす。
チィン、という小さく軽い音は彼らの部屋まで届くことはなかったが、目的の人物を呼び出すには十分な音量である。

「ジョースターご一行様は………ここの3階にご宿泊おあそばしですかい…」

丁寧な口調ではあtったが、男の口元には企みを含んだような笑みが浮かべられていた。
タバコをくわえ、階段をゆっくりと降りてくる老婆を見つめる男の名はホル・ホース。
そして、その名を老婆は勿論知っていた。

「ホル・ホース!来たのか…」

「ええ…おれもヤツらを追って今…この町に着いたばかりですぜ。しかしたまげましたぜエンヤ婆…あなたがじきじきに出向いてくるとは!」

エンヤ婆と呼ばれた老婆は、ジョースター一行をこのホテルへ招いた張本人である。
そしてDIOについているホル・ホースと知り合いということは、勿論この老婆も―――つまり、"この近くにスタンド使いがいる"という花京院の推測は当たっていた。
しかも、ホル・ホースが登場に驚きを隠せないほどのスタンド使い。
だが―――エンヤ婆は恐ろしい笑みも威圧的な態度を取ることもせず、ただポロポロとその両目から大粒の涙を流した。

「うううホル・ホースッ!」

「ど…どうしたんですかい?エンヤ婆…いきなり泣き出したりして。こ…ここじゃあジョースターたちに気付かれるとまずい、奥へ行きましょうぜッ!」

突然のことに流石のホル・ホースも驚いたようで、慌てたようにエンヤ婆を奥の部屋へと連れて行く。
その間もエンヤ婆はおいおいと泣き続け、しかしそれでも口を開いた。

「わ…わしはうれしい!ホル・ホース、よく来てくれた!この孤独な老いた女のところへよく来てくれた!わしは…おまえに会えて、とても嬉しいんじゃ!ウウウ〜ッ!」

溢れ出る涙を拭いながら、エンヤ婆は言葉を続ける。

「ホル・ホース。おまえはわしの息子と友だちだったなあ」

「友だち……?え?ええ…たしかに、友だちでしたとも!」

突然のエンヤ婆の予期せぬ言葉に戸惑うホル・ホースだったが、相手は老いた孤独な女―――というより"DIOの手下"の中でも"脅威"であるからなのかもしれないが―――彼女の望むであろう言葉を、動揺を悟られぬように口にした。

「親友だったのかい?」

「親友ッ!そうッ!親友でした、いいコンビでした!どうしたんです?気丈なあなたらしくもありませんぜェ!」

エンヤ婆の息子―――その名もJ・ガイル。
ポルナレフの妹を殺し、そのポルナレフに殺されたスタンド使い。
ジョースター一行に送り込んだ7人のスタンド使いもやぶれ去り、愛しい息子も失った。
DIO様に会わせる顔がないと、エンヤ婆はポルナレフへの復讐とDIO様を喜ばせてさしあげるために、"わざわざ"自分でここまで赴いたのである。

「わしの息子の恨みをはらしてくれるのかい?そのために来てくれたのかい?」

「ええ!そうですともよッ!討ちますぜ!親友の敵をねッ!」

ホル・ホースはそのことを知らない。とにかくこの場を持たせ、なんとかエンヤ婆の機嫌を損ねないようにと必死に取り繕うとする。
しかし―――もう遅い。J・ガイルが死んだ時点で、この"ご機嫌取り"には意味がないのだ。

「だからうれしいんじゃよーーーーっ!!!」

振り返ったエンヤ婆は、老婆とは思えない程のスピードでホル・ホースに襲い掛かる。
不意をつかれたホル・ホースは驚きに固まり、回避行動すら取らせて貰えなかった。
その右腕に深々と突き刺さった鋏を見下ろし、痛みに悲鳴をあげる。

「ケエェェーッ!てめーをブチ殺せるからなあ〜〜〜〜ッ!!」

痛みと混乱で、ホル・ホースは鋏を抜かれた途端エンヤ婆から距離を取る。

「よくもッ!ホル・ホース、息子を見捨てて逃げ出したなッ!おのれに出会ったらまずブチ殺してやると心に決めておったわッ!息子の親友だとッ!よくもぬけぬけとォ!」

「まっ…待てッ!誤解だぜッ!おれがかけつけた時はJ・ガイルはすでにやられてたんだッ!」

嘘は言っていない。ホル・ホースが再びポルナレフと花京院の目の前に姿を現せたとき、J・ガイルはすでに再起不能リタイアをしていた。
しかしエンヤ婆にとってはそんな些細なこと、関係が無いようである。

「ゆるせん!きさまはポルナレフと同じくらいにゆるせん!わしのスタンド『ジャスティス』で死んでもらうわ…」

「ジャ…『ジャスティス』!」

「おまえもうわさだけで見たことはないじゃろう!今、見せてやるよホル・ホース!」

ひっ、と短い悲鳴が零れる。
鋏で刺されたホル・ホースの腕から溢れ出る血が霧の中に舞い上がり、ボゴン、という音とともにその手首には大きな穴が開いた。
再び、悲鳴。
そのような不気味な光景―――しかも自身の腕に起きているのだ―――悲鳴を上げずにはいられないだろう。
エンヤ婆は余裕の態度でそんなホル・ホースを見上げていた。

「きれいな穴があいたようじゃのォ…そうじゃ、わしのスタンド『ジャスティス』は霧のスタンド…この霧にふれた傷口はすべてこのようにカッポリ穴があく!」

ホル・ホースの背後に、深くなった霧が骸骨のような姿になって現れる。
その巨大さと不気味さに驚くホル・ホースだったが、何かをする余裕をエンヤ婆が与えてはくれない。
その穴が開いた右腕は勢い良く本来ならば曲がらない方向へと向きを変え、ミシミシ、と痛みの音を鳴らしていた。

「腕に開けた穴に、霧が糸のようにはいってきさまはわしのあやつり人形と化した…自らの腕で死にな!ホル・ホース!」

しかし、ホル・ホースも同じスタンド使い。
ここまでされて、黙っているはずがない。

「ちくしょうッ!いい気になるんじゃねえッ!!」

シャキィン、という音とともにホル・ホースの右手に現れる『皇帝エンペラー』。
操られるといっても、"完璧"に操られるわけでもないらしい。
必死に抵抗すればスタンドも出せるし腕も動かせる―――そしてその銃口は、勿論目の前のエンヤ婆へと。

「くたばりやがれッ!くそ婆ァッ!!」

―――――ホル・ホースは忘れている。
『あなたがじきじきに出向いてくるとは』などと言ったのは、自分であるというのに。

「『正義ジャスティス』は勝つ!」

グルンとホル・ホースの右手は自身の顔へと向けられる。
つまり、『皇帝エンペラー』の銃口はエンヤ婆ではなくホル・ホースへと。



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