運命の車輪ホウィール・オブ・フォーチュンを無事倒した一行は、パキスタンまで来ていた。
運転しているポルナレフを後ろの座席で眺めながら、なまえはぼんやりとしていた。
既にあの家出少女は飛行機に乗せ、この旅にはもう関わる事も無い。
最後まで嫌だとわがままを言っていたが、承太郎に一喝いれられると何故か嬉しそうに客室乗務員に連れて行かれていた。

「ポルナレフ、運転は大丈夫か?霧が相当深くなってきたようだが…」

「ああ。ちょっち危なねーかなァ………なにしろすぐ横は崖だしガードレールはねーからな」

確かに花京院が言った通り、辺りには普段見ないような霧が立ち込めている。
時刻は3時前だが、自分達が行こうとしている方向に進めば進むほど霧は濃くなっていく。
本来ならばもう少し先まで進むつもりだったが、この霧では仕方ないだろうとこの町で宿をとることにした。
霧が濃く、あまり街の様子は見えないが、人々はそんな中、町を歩き日常を過ごしている。

「車を空にして全員で出歩く必要もないだろう。ワシと承太郎でホテルを探しに行ってくる」

「そういうことなら俺も行くぜジョースターさん。トイレが綺麗か確かめねえとな」

「では私と名字さんがここに残って車を見ておきますよ」

「え?」

花京院の提案に驚きの声をこぼしたのは、彼に名を呼ばれたなまえだった。
しかし他のメンバーはそんな花京院に疑問は持たず、霧の濃いここでは単独行動は避けたほうが良いだろうとその提案に頷いた。
承太郎はいつものように何も喋りはしなかったが、何か考えているような視線で花京院をチラリと見る。
そんな承太郎に気付いていないのか、それともあえて無視しているのか、花京院はそれ以上特に何も言わなかった。

「もしポルナレフがはぐれても花京院のスタンドなら見つけられるじゃろうからな」

「なんで俺がはぐれる前提なんすかジョースターさん!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎながら霧の中へと姿を消した3人の背中を見つめながら、なまえはどうしたものかと隣に立つ花京院へ意識を向ける。
ジョセフとならまだしも、実際ここまで旅をしてきてなまえは彼らとの距離感を掴めないでいた。
それに、無理に縮める必要もないと思っている。
しかし―――だからこそ、こうして2人きりになってしまうと、なんだか一方的に勝手に気まずくなってしまうのだ。

「名字さん」

「!ど、どうしたの?花京院くん」

驚くことに、先に口を開いたのは花京院のほうだった。
彼は無言の空間が嫌いではないと勝手に考えていたので、まさか再び名前を呼ばれると思っていなかったなまえは少し動揺したように呼びかけへ答える。
花京院はどうやらなまえのほうへ顔を向けているようだったが、なまえは未だ何も見えない霧の中を見つめているだけだ。

「気を悪くさせたら申し訳ないが―――時間もないし単刀直入に訊くよ。君は僕たちに何か隠しているんじゃあないのかい?」

「……………………」

そうか――――と、なまえは先ほどまでの気まずさが自分の中で一気に失われていくのを感じる。
同時に、静かに湧き上がる冷静が、寒いわけでもないのに自分の頭を冷やしていた。
彼は"それ"を訊くために、この状況を作ったのか。

「何も別に隠し事が悪いって言うつもりじゃあない。しかし、名字さん。あなたが隠していることは、この旅に十分影響する可能性があるかもしれない」

「影響する……?」

「"DIOについて"―――もっといえば、"君とDIOの関係について"だ。僕はずっとそこが気になっていた」

"その名"が花京院の口から出てきた瞬間、なまえは微かに反応を見せた。
それが花京院の求める答えなのかはわからないが―――なまえは、彼の言葉の続きを待つ。

「確かにDIOは僕やアヴドゥルさんのようなスタンド使いを勧誘し、仲間にしている。でも、逃げ延びたアヴドゥルさんを無理に追わなかったように、必ずしも"そのスタンドでなければいけない"というわけじゃあない。それなのに名字さん。DIOが"君だけを執拗に狙っている"のはどうしてなんだ?」

今度は、花京院がなまえの言葉を待つ番だった。
この会話を仕掛けてきたということは、恐らく彼の中で"ある程度"の答えは出ているのだろう。
それでも彼は、なまえの―――ここまで共に戦ってきた仲間の口から答えを聞きたいと、じっと隣のなまえを見つめた。
けれどなまえは花京院の期待とは別の色を瞳に浮かべ、そこでようやく視線を霧の中から隣の花京院へとうつした。

「もしその答えを私が知っているとして―――今ここで、それを言う必要がある?」

「……名字さん、」

花京院は、驚いたように少しだけ目を見開いた。
しかしすぐに気持ちを切り替え、口を開く。
花京院は裏のあるような人物はあまり好きではない―――ただ、今は自分の嫌悪感のためというよりは、仲間への信頼のためであった。

「もしも花京院くんが言うように私とDIOの間に"なにか"があるとしても、それで旅の目的が変わるわけじゃない」

エジプトへ行き、DIOを倒す―――全員の目的は、ただそれだけだ。

「(――――本当に?)」

花京院となまえは、互いにその瞳を覗き込む。
けれど互いに互いが何を考えているのかなど、微塵もわからなかった。

「………承太郎が"そう"であるように」

「…………………?」

花京院がこぼした言葉を、なまえは霧に邪魔されながらも拾う。

「名字さん……君はもしかして、DIOの血を受け継いでいるんじゃあないのか?」

「――――――!」

それが――――答えか。
花京院典明がずっと疑問に思っていたという、なまえとDIOの関係。
空条承太郎がジョースター家の血を受け継いでいるように、なまえもまた。
彼の中に存在していた答えは、現実よりもずっと受け入れやすいものだった。

「だからDIOは君に会おうとするし―――君もDIOに会おうとしている。しかし、もしそうなら、名字さんは本当にDIOを―――」

「―――待って」

もう一度、なまえは「待って」と消え入りそうな声で花京院を制止する。

「違う。そうじゃない―――そうじゃないの」

なまえは俯いて、首を横に振った。
花京院はそんな様子のなまえに、"何が違う"のか一瞬わからなかった。
しかしそれは先ほどの自分の答えについてだろう、とどこかまだ納得していない自分を無理に納得させ、花京院はなまえの言葉を待つ。

「私とDIOは血なんて繋がってない―――だけど、これは…これを知る必要は、あなたたちにはない」

「これは……って」

花京院は自分の用意していた答えがあっさりと否定されたことよりも、ついこぼれたなまえの言葉に少しの動揺を見せた。
それはつまり―――まだ他にも何かを隠しているということ?

「………………………」

どちらも何も言わなかった。
なまえはもう花京院の目を見ていないし、花京院もまた、なまえの目を見ようとはしていない。
ただ霧が濃すぎるだけの空間に、2人は静かに立っていた。

「………ジョースターさんは、知っているんですか?」

花京院がようやく絞り出した言葉が、それだった。
考えてみれば、なまえがこの旅についてくることを許可したのはジョセフだ。
彼が言うのならと、他のメンバーは納得したのだ。
だとしたらそんな彼をも欺くのは―――あまりにも。

「…………知ってるよ」

それは、どれを。

「でも、ジョセフを責めないで」

揺れる瞳から、花京院は何故か視線を逸らしてしまった。
誰も悪くないというのに、なんだか自分が悪いことをしている気分だった。
答えを知りたかった。花京院はなまえを信頼できる決定的な何かが欲しかった。
しかし――――何もかもが足りなかった。

「………………………」

「………………………」

それから、大きなホテルを見つけたという承太郎たちが戻ってくるまで、2人は何も話さなかった。



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