「え、?」

そう、短く声を零したのは花京院。
なまえはいいから合わせろとばかりに花京院の右腕に抱きつく。

「納得した?」

「…………………」

ネーナはしばらく訝しむようになまえと花京院を見ていたが、どうやら納得したようでようやくポルナレフの足を離した。
ポルナレフは慌ててネーナから距離を取る。
なまえも花京院の腕から離れ、静かに息を吐いた。

「いいか、おれはね。普通は説教なんてしない。頭悪いヤツってのは言ってもわからねーから頭の悪いヤツなんだからよ。いるよなあ何ベン言ってもわからねータコ」

バス内にも関わらず、ポルナレフの大声が耳に入ってくる。
他に乗客がいないのとあまり関わりたくないのとで、誰もポルナレフを注意しようとはしなかった。
先程の件もありなまえは花京院の隣に座っていたが、会話をするでもなくぼんやりと外の景色を眺めている。
花京院はそんななまえが何を考えているのかがわからず、視線を横に流して口を開きかけたが、かける言葉もわからなかったので静かに口を閉ざした。

「ジョセフ、病院行った方が良いんじゃない?」

「う〜む…」

ジョセフの腕に見られる"できもの"は、この短時間でみるみるうちに大きくなっていた。
痛みは無いものの、どんな病気があるかわからない。
虫による感染症を防ぐためにも(手遅れかもしれないがそれは誰も言わない)、街に着いた今、病院に行くチャンスだろう。

「ジョースターさん、おれはちょっとネーナとそこらへん歩いてくるからゆっくり治しときな」

「ポルナレフ!」

「なまえと仲良くな〜」

勝手な行動は、と言葉を続けようとして、花京院はポルナレフのからかいの言葉に声を詰まらせる。
しかしどうやらネーナの方もポルナレフにべったりのようで、花京院は呆れるような項垂れるような複雑な気持ちでため息を吐いた。

「空条くん、どこ行くの?」

「車の調達でもしてりゃすぐ戻ってくんだろ」

軽く後ろを振り返りながらそう言った承太郎はスタスタと歩きだしてしまう。
足の長さの割に遅いそのスピードはなまえに合わせてくれているのだろうけど、なまえは気付いていないようだった。

「さっきはごめんね花京院くん」

承太郎の後ろを歩いていたなまえが、隣を歩く花京院に唐突に謝罪する。
一瞬何のことかわからなかった花京院だったが、すぐに先程のことかと理解し、苦笑いを零した。

「いや…僕は別に構わないが…」

そのあとに続く疑問を口にしようとして、花京院は慌ててそれを飲み込む。
前を歩く承太郎はこの話題を聞いているのかいないのか、こちらを振り返る気配はない。
このあとどう話を切り替えそうかと花京院が考えていると、その先の疑問を口にしなかったにも関わらず、なまえがその答えを口にした。

「空条くん、冗談でもあんなことしたら滅茶苦茶怒りそうだし。花京院くんなら空気読んでくれるかなって」

やかましい!って怒られそう、となまえは冗談交じりに呟く。
そのあと、あの取り巻きの女の子たちによる騒ぎもしばらく見ていないな、となまえは小さく笑みを零した。

「ファンの子にも怒られそう」

「……やれやれだぜ」

承太郎が、いつもの口癖と共に静かに息を吐く。
そして立ち止まり、なまえたちを振り返った。
花京院は何事かと、なまえはまさか今ので怒ったのかと、同時に立ち止まる。
しかし承太郎の瞳に怒りの色は浮かんでなく、何だろうと二人は言葉を待った。

「………アヴドゥルのことは訊かないのか?」

「!」

その言葉に反応したのは花京院。
自分達は"真実"を知っているが―――彼女はアヴドゥルの"死"の事実しか耳にしていない。
確かになまえとアヴドゥルはあまり二人で会話をするというのは少なかったが、まさかそこまで薄情ではないだろう。
なまえは困惑したような表情のまま、ゆっくり口を開いた。

「あれ、嘘でしょ?」

「え?」

「確かにどうしてアヴドゥルがここにいないのかは気になってるけど」

承太郎の視線が居心地悪いとでもいうように、なまえの視線は承太郎から逃げる。
花京院と承太郎は互いに顔を見合わせたが、そういえばとアヴドゥルの死を告げたジョセフがなまえにアイコンタクトのようなものをしていたのを思い出し、それでか、と改めて二人の関係性に疑問を抱いた。

「…アヴドゥルさんは生きている。ただ、敵はそのことを知らないから死んだことにしておこう、と僕が提案したんだ」

「死んだことに?」

「ああ。ジョースターさんも色々財団に頼みたいことがあるみたいだが、如何せんDIOの仲間が常に僕たちを監視しているかもしれない。だから、アヴドゥルさんが意識を取り戻したら財団と連携してもらう手筈になっている」

「意識を取り戻したら、ってことは無傷ではないのね」

「ポルナレフを庇ってホル・ホースに眉間を撃ち抜かれた―――ように見えたが、かろうじて軌道が逸れて大事には至らなかった」

「………………そう」

なまえの瞳に宿る感情が一瞬変化したのを、承太郎は見逃さなかった。
しかしすぐになまえは目を伏せたため、承太郎は何も言わずに視線をなまえから街並みへ動かす。

「……………………」

モハメド・アヴドゥル。
『魔術師』の暗示をもつスタンド、『魔術師の赤マジシャンズレッド』は、炎を操るスタンドである。
彼自身の戦闘能力は承太郎に劣るものの、スタンドの特性ではこの中の誰よりも有利なものだった。
この先、彼がいれば乗り越えられる試練が待ち受けているかもしれない。
戦力不足―――では勿論無い。ジョセフやなまえが戦闘向けのスタンドではないにしろ、それを補えるほどの圧倒的パワーを他の三人は持ち合わせている。
しかし、それでも、"彼がいない"という状況は、どうやったって不利に成り得るのだ。

「そういえば、どうやって車を調達するの?」

ふと、なまえが疑問を口にする。
この街に車が売っているとは思えない。まさか、盗むつもりではないだろう。
承太郎はしばらく街中を眺めていたが、答えが出たのか帽子のツバへ軽く触れた。

「そこらへんの奴から買う。それが一番早いだろ」



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