人通りの少ないここに、承太郎に殴られたホル・ホースの悲鳴が木霊する。

「…アヴドゥルのことはすでに知っている」

「………………?」

承太郎の後ろから現れたジョセフが、ホル・ホースに何か言葉をかける前にアヴドゥルの名を口にした。
一体何事だろうかとなまえがジョセフへ視線を動かすと、ジョセフもまた、なまえに視線を動かしていた。
しかしすぐに視線は地面に尻もちをつくホル・ホースへと戻る。

「彼の遺体は簡素ではあるが埋葬してきたよ」

「!」

なまえの目が、ジョセフの言葉により見開かれる。
花京院もポルナレフもなまえの反応を窺っていたが、なまえは何も言わなかった。
ただ、その視線の先にホル・ホースはおらず、じっと地面を見下ろしている。

「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは両右手の男だが直接の死因はこのホル・ホースの『弾丸』だ。もっともアヴドゥルさんの『火炎』なら簡単にかわせただろうがね…この男をどうする?」

「おれが判決を言うぜ」

なまえにもわかるよう説明口調で言葉を並べる花京院だったが、余裕ぶった言い方とは違い表情は酷く苦いものだった。
ポルナレフは、そんな花京院の問いに怒りで答える。

「『死刑』!」

そう言ってポルナレフがホルホースへ向けてスタンドを発現させた――――その瞬間。

「なっ!」

「!」

まずポルナレフとホル・ホースが驚き。次いで、ジョセフたちがその光景に目を見開く。

「お逃げください!ホル・ホース様!」

第三者の声。
女性である。
ジョセフたちはその女性に見覚えは無かった。だからこそ驚きの表情を浮かべていたわけだが、ホル・ホースの表情はジョセフたちとは種類が違った。
知り合いも知り合い―――つい先ほど永遠の愛を誓いかけた(ホル・ホースが断ったわけだが)女、ネーナである。

「ホル・ホース様!わたくしには、事情はよくわかりませぬがあなたの身をいつも案じておりまする!それがわたくしの生きがい!お逃げください!早く!」

ネーナは、ポルナレフの足に必死で掴まりながら叫んだ。
一体何事だとその光景に戸惑い、しかも足を掴まれたポルナレフは余計に困惑している。
これも計算のうちか、はたまた本当にホル・ホースを想う気持ちが故か。

「こ…このアマあ!はなせ!何考えてんだあ!」

その細い腕のどこにそんな力があるのか、ネーナはポルナレフの足を離そうとはしない。

「承太郎!花京院!何やってんだよッ!ホル・ホースを逃がすなよ!」

「もう遅い」

「よく言ってくれたベイビー!おめーの気持ち!ありがたく受け取って生き延びるぜ!逃げるのはおめーを愛しているからだぜ、ベイビー。永遠にな!」

どこにいたのか、ホル・ホースは既に馬に乗って走り去って行く途中だった。
なまえのスタンドでどうにか、とポルナレフは振り返ろうとするが、足元のネーナが邪魔で上手くいかない。
そうこうしている間に、ホル・ホースの姿は見えなくなってしまった。

「っ、この!」

「やめろポルナレフ」

その女性も利用されているだけだ、とジョセフが頭に血が上りかけているポルナレフを制する。
しかしホル・ホースが去ったというのに、女はポルナレフの足を離そうとはしない。
その顔にはしっかりと決意の色が見え、瞳には愛するホルホースを傷つけられそうになった怒りさえも浮かんでいた。

「…………………?」

そしてなまえは、ふと気付く。
ネーナは承太郎たちを睨みつけているのではない。
彼女の怒りの矛先は――――自分だ。

「……あなた、」

そして、ゆっくりとネーナが口を開く。

「ホルホース様と一体どういう関係なんです…?」

「!?」

一体何の話だと、なまえはネーナの怒りに困惑する。
ホル・ホースは敵で、自分に―――というより女に手は上げないと言っていたが、ポルナレフと花京院を本気で殺そうとしたスタンド使いだ。
自分に近付いてきたのだって、"DIO様のため"なのだろう。
それなのにこれほどまでの怒りをこちらにぶつけるということは、

「(彼女はスタンド使いじゃない…?)」

そして、承太郎たちの敵ではなく、本当にただのホル・ホースの恋人だとでもいうのだろうか。
しかし確かに、スタンド使いであるならホル・ホースに加勢しただろう―――ホル・ホースも逃げるばかりで、彼女と手を組もうとはしていなかった。

「聞いてらして?」

ネーナの低い声が、なまえの喉元を締める。
スタンド使いではない可能性が高い彼女に、ホル・ホースのことをどう言ったものか。

「まさか、ホル・ホース様と浮気でもしているのですか?」

「、は」?

予想だにしていなかった―――しかし言われれば確かに彼女が怒る理由はそれくらいだろうと納得できるそれに、なまえは素っ頓狂な声を出す。
ネーナの言葉に驚いたのはなまえだけではないようで、足を掴まれているポルナレフも目を丸くしてネーナを見下ろしていた。
数秒遅れて、慌てたようになまえが口を開く。

「う、浮気!?そんなんじゃないって!」

「でも、仲良く歩いてたところを目撃しました」

「あれは成り行きで、」

「しかもホル・ホース様の言葉に照れてらしたでしょう」

「そっ、それは、ホル・ホースが変なこと言うから、」

「ホル・ホース様に気があるんだわ!」

「無いよ!!」

変なことを言うのはやめてくれ、となまえの声が段々大きくなる。
それに負けじとネーナの声も大きくなるので、何だ何だと今まで人気の無かったここに人が集まり始めた。

「て、ていうかホル・ホースのどこがいいのかさっぱりわかんないし!」

「ホル・ホース様のことを何もお知りにならないなんて!」

「知りたくも無いよ!」

「何ですって!ホル・ホース様のようなとても優しくて頼もしいお方、他にはいないわ!」

「でもさっき無様に逃げて行ったじゃない!あなたを置いて!」

「これはわたくしがしたくてしたことでしてよ!ホル・ホース様が無事ならそれでわたくしは…!!」

「あーもううるせえ!!!!!」

止まらない二人の言い合いに痺れを切らしたのは、未だネーナに足を掴まれているポルナレフ。
一般人の、しかも女であるネーナに手荒な真似を出来るはずもなく、ポルナレフは自発的にネーナが離してくれるのを待っていたのだが一向にそんな気配が無いのでうんざりだとでも言うように大声をあげた。
ネーナはポルナレフの言葉を受けてもなんとも思っていないような表情で相変わらずなまえを睨みあげていたが、なまえはポルナレフの声にハッとなり、今自分がしていたことに羞恥を覚える。
しかも周りにはポルナレフだけでなく承太郎や花京院、そしてジョセフまでもがいるのだ。
なまえは穴があったら入りたいとばかりに両手で顔を覆う。

「なまえはホル・ホースに興味が無いみてぇだからよ、とりあえず俺の足からどいてくれねえか?」

「…………誰か恋人がいるんでしょう?」

「は?」

ポルナレフは少しだけ屈んでネーナへ優しく諭すが、ネーナは相変わらず低い声で言葉を零す。

「あんなに素敵な人に惹かれないってことは、もう既に恋人がいるのではないですか?」

「……?何の話だ?」

「どなた?この方でもそこのご老人でもないだろうから、そちらの若いお二人のどちらかかしら」

「あのー、俺の足、」

「早く答えて」

全くポルナレフの言葉を聞いていないネーナに、ポルナレフは笑顔のまま固まる。
ネーナは早くしろと言わんばかりになまえを睨みあげていて、恥ずかしさのあまり思考回路が停止していたなまえはただただ困惑していた。

「え、なに、何の話?」

普段の状態ならばネーナの言っている意味をなまえはすぐ理解しただろう。
しかし混乱している今、周りに解説を求めるしかない。
なまえは後ろを振り返った。
目が合った花京院は苦笑いを浮かべ、承太郎は帽子のツバを掴んでため息をつき、答えてくれる様子は無い。
ならばジョセフだと最後の最後に視線を動かせば、珍しく困惑した表情を浮かべるジョセフがそこにいた。

「あー、その。なまえ……」

ジョセフが言い辛そうに口を開く。

「彼女は承太郎か花京院のどちらかがお前さんの恋人だと思っているらしい」

「…………は?」

再び、素っ頓狂な声。
何をどう勘違いしたらそうなるのだ、となまえはジョセフに助けを求める。
ポルナレフは相変わらず足を掴まれ困っているし、とジョセフは黙っている二人の代わりに言葉の続きを口にした。

「ちなみに答えてやらんとポルナレフの足を離してくれないらしい」

「ちょ、ちょっと待って。私どっちの恋人でもないよね?」

「何故確認するんじゃ…」

「え?なに、嘘付けってこと?」

「どっちでもいいから早く答えてやれ」

「いや……どうなのそれ」

それでいいのか、となまえは呆れた表情でネーナを再び振り返る。
先程と光景が全く変わっていないそれに、苦笑いすら零れそうになる。

「はい、私の恋人はこの人」

特に悩むこともなく、なまえは彼の隣に立った。



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