東洋人が珍しいのか、街の人々からの視線をなまえは感じていた。
しかし隣にホルホースがいるからか、こちらへ近付いて来ようとはしない。
財布は持っていない。しかし武器も持っていない。
スタンドが有るとはいえ丸腰のなまえは、引ったくりやスリなどの犯罪に巻き込まれないのは心強いとホルホースの存在を認めていた。
だが、それと自分の身の安全が確保されているのはイコールではない。
この地で自分に声をかけたのが本当に"心配だったから"なのか、それとも別の理由があるのか。
なまえがそれを探るのは先程失敗したばかりだ。下手に動くことはできない。
しかし意外なことに、ホルホースは自分から語り始める。

「嬢ちゃんは誰かを好きになったことがあるか?」

「…………突然どうしたんですか?」

「世間話だよ。で、どうなんだ?」

「…………そりゃあ…ありますけど」

「そうか。そりゃあいい。恋ってのは良いもんだ」

そうは言うが、彼が誰かを心の底から好きでいるところがなまえには想像出来なかった。
誰かに気軽にその言葉を口にしているところは浮かんだが、どうにもやはりノリが軽い。

「じゃあ、誰かに好かれたことは?」

「…それはどういう……?」

「会ったことも無い奴に、好かれる理由に心当たりはあるか?」

一体何が言いたい、となまえは足を止めた。
ホルホースは気付いていないのかもしれない――――もしくは、意図的にやっているのかもしれない。
最初に会ったときとまるで違う雰囲気が、ホルホースを包み始めていた。

「日本という遠い国にいるお前さんに、誰を殺しても何をしてでも会いたいって奴がいたら、お前さんは会いに行きたいと思うか?」

「………ホルホース、あなた…」

既に敬称は無くなっていた。
なまえは無意識のうちに後ろへ下がり、ホルホースと距離を置く。

「なあなまえ。おれはいくらあの人の命令でも女に手をあげるなんてことはしたくねえ。だから、おれと一緒にあの人のところへ行ってくれ。辿りつくまでの命は保証する」

"あの人"というのが、何を言わなくても"DIO"を指しているのは明らかだった。
ホルホースの視線が、まっすぐになまえを見据え、捉える。
なまえは身構えながらも、何かを言わなくては、と口を開きかけた。
ホルホースへ言う言葉は決まっているはずだ。
それなのに、上手く言葉が出てこない。

「私は、」

「ホルホース!」

瞬間、聞き覚えのある声になまえは視線をホルホースの後ろへやる。
ホルホースは眉間に皺を寄せ、なんだとでもいうように後ろを振り返った。

「ポルナレフ……花京院くんも」

「名字さん!ホルホース、貴様名字さんに一体何を」

「何もしてねーよ。おれは女に手はあげねえ」

タバコをくわえたまま心底面倒そうに呟いたホルホースの目の前には、傷だらけのポルナレフと何故か制服のボタンが無い花京院の姿。
なまえはそんな二人の様子を見て、状況を瞬時に判断した。
恐らくポルナレフは"両手とも右手の男"に襲われ、それを花京院が助けた―――しかし、その"両手とも右手の男"を彼ら二人が倒したのかどうか、なまえに今知る術は無い。

「なあなまえ。おれは心配なんだ。お前さんがよ…この先、承太郎たちを襲う刺客がいつ襲ってくるとも知れない。しかもおれを含めてそいつらは『お前を殺すな』とは言われてない。今回も遭遇したのがおれだったから良かったものの、そうじゃなかったら殺されてたかもしれないんだぜ?」

ホルホースは彼ら二人に背中を向ける余裕があるのか、くるりとなまえの方を向いた。
そんなホルホースの様子を見て、なまえは"両手とも右手の男"は生きている可能性の方が高いと判断する。
しかし花京院とポルナレフに辺りを気にした様子は見られない。
"鏡の中にいた"というスタンドならこのあたりの窓ガラスに入り込むことなど容易だろう。
何故そんなにも無防備なのだ、となまえは花京院たちとホルホースの噛み合っていない警戒の無さに戸惑った。

「名字さん。早くこちらへ」

「え……でも」

酷く冷静な花京院になまえは戸惑う。
ポルナレフが此処にいるという事は、もう一人のスタンド使いがまだ近くに潜んでいるのではないか。
ここで下手に動いて平気なのか―――しかしなまえを見る花京院の表情に焦りの色は無い。

「なにのんきなこと言ってんだ?いいか!おまえら二人はおれの敵ではないことはさっき証明された。逃げるんなら必死に逃げんかい!必死によ!」

瞬間、メギャン、という音と共に、ホルホースの手元に拳銃が現れた。
まさか隠し持っていた銃をマジックのように出したわけでもあるまい――――なまえは瞬時にそれがホルホースのスタンドであることを理解する。

「なあ、J・ガイルのだんな!」

そうポルナレフたちとは逆の方向を向きながら、ホルホースはスタンドである銃をぶっ放した。
銃口は標的を定めていないというのに、その弾丸は近くにあるガラスを粉々に割る。
未だにポルナレフたちの表情に焦りの色が浮かばないのを見て、なまえはまさか、とホルホースがスタンドで割ったガラスの破片を見下ろした。

「だが、追いつかれちまったものはしょうがねえな。今度は観念しな……てめーらの人生の最後だ!最後らしく"おれたち"にかかってこいよ!すわった根性見せてみろよ!コラ!」

そして再び、ホルホースが見ていない場所へと銃弾は向かう。
盛大に割られた窓ガラスは陽の光を反射して地面でキラキラと光る。

「……おめでたい男だ。J・ガイルが死んだことにまだ気付いていないでヤツのためにガラスをまいてますよ」

「(やっぱり、"両手とも右手の男"―――J・ガイルは)」

花京院の小さな呟きを拾ったなまえは、ゆっくりとホルホースから離れる。
それは花京院たちとは逆方向であったが、承太郎たちの敵であるホルホースから離れるのならそちらでも構わないだろう。
何も言わないまま、今度はポルナレフが自身のスタンドを出した。
そこで初めて、ホルホースは自分が置かれた状況を理解し始める。

「聞いているのかい……!?J・ガイルのだんなよォ!」

「いいや!野郎ならもう聞いてねーと思うぜ…ヤツは、とってもいそがしい!地獄で刑罰を受けてるからなあ!」

ポルナレフがチャリオッツを出しながら、ホルホースへ一歩また一歩と近付いて行った。
状況を理解しつつあるホルホースは、そんなポルナレフの歩幅に合わせて後ろへ下がる。

「おいおいおいおいおいおいおいおい…デマ言うんじゃねぇぜ…このおれにハッタリは通じねーよ。てめーに、やつの恐ろしい『鏡のスタンド』が倒せるわけねーだろがッ!このおれだって、ヤツの無敵の『吊られた男ハングドマン』には一目置いてんだぜ――ポルナレフ。じょーだんきついぜ。ヒヒ」

ホルホースのスタンドである銃で自身の帽子をくいっとあげながらホルホースは短く笑った。
辺りに散らばっているガラスはキラキラと輝いているが、中で何かが動く様子は無い。
本当に――――J・ガイルを再起不能にしたというのか、となまえは少しだけ驚いていた。

「2〜300メートル向こうにあのクズ野郎J・ガイルの死体がある……見てくるか?」

ポルナレフがホルホースの後ろを指差す。
ホルホースは少し考えるようにポルナレフを観察すると、くるりと踵を返した。
そこからの行動は迅速である。
「よし見てこよう」と言うや否や、ホルホースはなまえに目もくれず一目散に走り去ろうとした。
しかし後ろのポルナレフたち―――特に遠距離スタンドである花京院を警戒しながら走り去ろうとしていたホルホースの顔面に、誰かの拳が勢い良く入る。

「ジョースターさん!承太郎!」

花京院が、二人の名を呼んだ。
一部始終を見ていたわけではないが、最後の方は聞いていたのだろう。
ホルホースが敵とわかると躊躇いも無く殴りつける承太郎も承太郎だが、この場合はナイスだと花京院は笑みを浮かべた。



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