カルカッタ。
人口千百万人。貧困者の数は二百万を超す。
十九世紀のイギリス人はこの街を『この宇宙で最悪の所』と呼んだ。

「……酷い目にあった」

なまえは服についた土などを手で払ってから店の中へと入る。
ラバーソウルを承太郎が倒したあとでジョセフたちと合流したなまえたちは既にシンガポールを出ていた。
たくさんの人ごみと彼らの出す騒音から逃げるようにして入った店で、なまえは出された飲み物に手をつけようともせずぐったりとしている。
物凄い人ごみに承太郎たちはもみくちゃにされ、花京院に至っては財布を盗まれてしまう始末。
これがインドか、となまえは初めてのインドに軽くカルチャーショックを受けていた。

「なまえ。お前さん、財布とかは大丈夫じゃったか?」

「んー、財布持ってないし…特には。大丈夫だよ」

財布は鞄ごと学校に置いてきてしまったし、空条家から直接こうして外国へ飛んだのでなまえは自分の荷物といえるものは持っていない。
それに、あの人ごみの中、ジョセフがそれとなく自分を彼らから守ってくれていたのをなまえは気づいていた。
そのおかげで、なまえは風に乗ってやってくる土埃くらいでしか被害を受けていない。

「!!」

と、突然の騒ぎに承太郎たちが何事かとそちらを向く。
あちらはポルナレフがトイレに行った方角ではないのか、と誰が言うでもなく全員が立ち上がりそちらへ駆け寄った。

「どうしたポルナレフ!」

「何事だ!?」

 ・・・・
「いまのがッ!今のがスタンドとしたなら………"ついに"!」

なまえたちが視界に入れたのは、外の人の波を見つめるポルナレフ。
しかし、普段の彼とはどうにも雰囲気が異なり、余裕がないようにも見受けられる。
ポルナレフは背後に承太郎たちが来ていることに気付いていた。
しかし、そんなことには構っていられないとでもいうように、拳を力強く握る。

「ついに!やつが来たゼッ!承太郎!おまえが聞いたという、鏡をつかうという『スタンド使い』が来たッ!」

「!」

「おれの妹を殺したドブ野郎〜ッ、ついに会えるぜ!」

そう怒るポルナレフを、鏡の中で笑う者がいることに、この場にいる誰もが気付いていなかった。

「『吊られた男ハングドマン』…」

なまえは、承太郎がラバーソウルから聞いたというスタンド使いについてのことを思い出す。
『鏡』を使うスタンド使い―――それは一体どういうことだろうと首を傾げた。
鏡を操りこちらへ直接攻撃してくるのか。いや、それよりは鏡の中にしか存在できないスタンドと考えるほうが納得がいくだろうか。
しかし鏡を四六時中見つめている人間などいない。それに、鏡の中にいるというのにどうやってこちらへ攻撃を仕掛けてくるのか。

「(そもそもこちらへ攻撃を"仕掛けられるのか"…)」

こちらは鏡に映ることができても、鏡の中へ干渉することはできない。
しかしもし、鏡の中からこちらへ干渉することができるのなら。

「(勝てない―――でも、アヴドゥルの炎なら)」

チラリ、と前を歩くアヴドゥルを見上げた。
魔術師の赤マジシャンズレッド』の強力な炎で鏡ごと溶かしてしまえば、もしかしたら敵スタンドへ攻撃することは可能かもしれない。
なまえがそこまで考えたところで、ポルナレフが足を止めて振り返った。

「ジョースターさん。おれはここで、あんたたちとは別行動をとらせてもらうぜ」

突然のポルナレフの言葉に、どういうことだとジョセフたちは言葉の続きを待つ。

「妹のかたきがこの近くにいるとわかった以上、もう、あの野郎が襲ってくるのを待ちはしねぇぜ。敵の攻撃を受けるのは不利だしおれの性に合わねえ。こっちから捜し出してブッ殺す!」

「相手の顔もスタンドの正体もよくわからないのにか?」

「『両腕とも右手』とわかってれば十分!それにヤツの方もおれが追っているのを知っている。ヤツもおれに寝首をかかれねえか心配のはずだぜ」

「ダメだよ」

「!」

突然のなまえの声に、ポルナレフだけでなく承太郎たちも驚いたようになまえを振り返った。
なまえはそんな彼らの視線に怯むことなく、真っ直ぐポルナレフを見上げる。

「『鏡』を使うスタンドなんて、一筋縄じゃいかない。ポルナレフのスタンドは確かに強力なものだけど、力が強いだけじゃ勝てないスタンドだってきっといる」

「なに?」

「この中で唯一対抗できる可能性があるのはアヴドゥルだけ。アヴドゥルが別行動するならまだしも、」

「おれじゃ勝てねえって言いてえのか?」

「そうじゃない。でも、その可能性はかなり高い」

なまえは、こんなことを言ってしまえばポルナレフが怒るということはわかっていた。
それでも、言うしかなかった。彼を一人で行かせ、死なせないために。
ムカつく奴だと嫌われたとしても。嫌な奴だと邪険にされたとしても構わない。
彼が死なないのならそれでいい。

「なん、「確かに。なまえが言う通り、このままではミイラとりがミイラになるな」

ポルナレフの怒りがなまえに矛先を向ける前に、アヴドゥルがポルナレフの声を遮って口を挟んだ。
このことにはなまえも驚いたようで、何事だとアヴドゥルの後姿を見上げる。

「ポルナレフ。別行動は許さんぞ!」

「なんだと?おい、まさかおめーもおれが負けるとでも言いてえのか!」

「ああ!敵は今!おまえを一人にするために、わざと攻撃をしてきたのがわからんのか!」

アヴドゥルのはっきりとした物言いに、ポルナレフはくるりとアヴドゥルのほうを完全に振り返った。

「いいか、ここではっきりさせておく。おれは元々DIOなんてどうでもいいのさ。ホンコンでおれは復讐のために行動をともにすると断ったはずだぜ。ジョースターさんだって承太郎だって承知のはずだぜ。おれは最初から一人さ。一人で戦っていたのさ」

「(だから―――)」

なまえは、ポルナレフと二人で話した夜のことを思い出す。
ポルナレフは「ジョースターさん達を頼ればいい」と言った。
その言葉の中に、ポルナレフの存在は無かったのだ。

「勝手な男だ」

その言葉を皮切りに、アヴドゥルが珍しく声を荒げる。

「DIOに洗脳されたのを忘れたのか!DIOが全ての元凶だということを忘れたのかッ!」

「てめーに妹を殺されたおれの気持ちがわかってたまるかッッ!以前、DIOに出会った時、恐ろしくて逃げ出したそうだなッ!そんな"腰抜け"におれの気持ちはわからねーだろーからよォ!」

「ポルナレフ!」

「なまえ!テメーもだぜ!DIOがなんだか妙にテメーに感心を持っているようだがよ!承太郎たちにくっついて守ってもらうだけで自分じゃ何にもしねえ!ここは"戦場"なんだぜ!?」

「なっ、」

「なんだと?」

ポルナレフの暴言に彼の名を呼んだなまえだったが、予想していなかったポルナレフの返答に言葉を詰まらせる。
しかしその続きをアヴドゥルが言ったため、アヴドゥルとポルナレフの怒りは収まりそうになかった。

「おれに触るな。ホンコンで運よく、おれに勝ったってだけでおれに説教はやめな」

「きさま!」

「ほぉ〜〜プッツンくるかい!だがな、おれは今のてめー以上にもっと怒ってることを忘れるな。あんたはいつものように大人ぶってドンとかまえとれや!アヴドゥル」

「…こいつ」

ポルナレフの心無い言葉にアヴドゥルが手を出しそうになるが、その右腕をジョセフがガシッと握って引きとめる。
それを振り払うわけにもいかず、アヴドゥルは困惑した表情でジョセフを振り返った。
その間にもポルナレフの姿は遠くへ行ってしまい、次の瞬間には人の波に紛れて見失ってしまう。

「ジョースターさん」

「もういいやめろ。行かせてやろう。こうなっては誰にも彼をとめることはできん」

「いえ…彼に対して幻滅しただけです。あんな男だったとは思わなかった」

「なまえも。ポルナレフの言葉を真に受けるな。頭に血がのぼってただけだ」

「わかってる」

ジョセフの言葉に、なまえは表情一つ変えずにただ一度だけ頷いた。



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