ラバーソウルと戦った位置から少し離れたところで、なまえは花京院に手当てを受けていた。
初めの頃はなまえも承太郎のことを気にするようにそわそわとしていたものの、承太郎の強さを何回か目の当たりにしているなまえは一旦落ち着くことにしようと消毒液を手にかけようとしている花京院をじっと見つめる。


「ヘドぶち吐きなッ!」



「っ――――!」

「あ、ごめん。痛かったかな」

「う、ううん。大丈夫…」

なまえの身体が一瞬動いたのを、消毒液のせいだと思ったらしい花京院は申し訳無さそうになまえに微笑んだ。
そんな花京院になまえは慌てて首を振り、しかし目を合わせようとはせず、頭の中のラバーソウルを消そうと眉間に皺を寄せる。
しかしあれが本物の花京院でなくて良かったと、心の底から安心してもいた。
ふと目を開けてみれば、こちらをじっと見つめていたらしい花京院とバッチリ目が合う。

「名字さん。すまなかったね。戦いに不慣れな君を1人にしてしまって…」

「い…いや、そんなこと言ったら無用心だった私も悪いわけだし……」

「何があったのか教えてくれるかな?」

「うっ…………」

なまえは、そう言って向かい側に腰を落ち着けた花京院に気まずそうに言葉を詰まらせた。
花京院と一緒に出かけたら実は花京院ではなくて敵でした―――などと、本人に言ってもいいものか。
しかしここで言わなければ、逆に心配をかけてしまうかもしれない。

「(彼らは――――)」

私のことなど、考えている場合ではないのだ。

「それがね……」

なまえは、言いにくそうに事の始まりを花京院に説明していく。
ホテルの扉の前に立っていた花京院と共に買い物をしに行き、サイフをスった男をボコボコにし、ケーブルカーでその正体を現したことを。
その話を聞いた花京院は驚くと思われたが、しかしなまえの予想と反して花京院は納得するようになまえの話に頷いていた。

「なるほど………」

「え?なるほど…って、」

「いえ。ダークブルームーンのあとから一緒についてきていた女の子がいただろ?彼女が、ぼくと名字さんが歩いて行くのを見たと言っていたから、恐らくそのときに見た"ぼく"がさっきの男だったということか…」

女の子、と聞いてなまえは同じ階の違う部屋に泊まっていた少女を思い出す。

「ぼく達が此処に来たのも、名字さんならこの辺で買い物をしているだろうというジョースターさんの言葉で手分けして名字さんを探していたんだ。見つからなかった場合ここで落ち合う予定だからもうすぐ来ると思う」

「そっか…ごめんね。心配かけて」

「本当、間に合って良かったよ」

そう微笑む花京院は本物だと、なまえは安堵の溜息を吐いた。
どうせジョセフ達が来たらきっとうるさくなるのだ、今はこうしてゆっくりしておこうと目の前に置かれている飲み物に口をつける。

「だけど、どうしてぼくなんかに化けたんだろう…全くもって気味が悪い」

「あはは…本当は空条くんを狙う予定だったみたいだし、女に化ける趣味は無いとか言ってたから仕方ないといえば仕方ないのかも」

「花京院に化けていたのか。少し見てみたかったな」

「承太郎!いつの間に」

嫌そうに苦笑いを零す花京院に説明していると、花京院の後ろから承太郎の冗談が飛ぶ。
花京院は驚いたようにそちらへ顔を向け、手から血を流す承太郎を見て手にしていた消毒液を横に振った。

「使うかい?承太郎」

「ああ…そうだな。あのジャムみたいなスタンドに触っちまったんだ」

「空条くんもありがとうね」

「気にするな」

既にイエローテンパランスは承太郎からもなまえからも取れていたが、まだそこにその感触があるとでもいうように承太郎は眉間に皺を寄せ、花京院から消毒液を受け取る。
そんな承太郎にもなまえは礼を言うが、承太郎は一言それだけを言うと近くにある椅子にドカッと座った。

「…………………」

「………………なんだ」

じい、っと見られていることに眉間を寄せながら、承太郎は一息つく間もなくなまえへと口を開く。
しかしなまえは視線を承太郎に気付かれたことを特に驚くことなく、消毒液で沁みている手を動かしながら承太郎の疑問に答えることにした。

「いや…私、他の人のスタンドってジョセフのしか見たことが無かったからなんだか新鮮だなって思って」

なんのことだ、と承太郎と花京院は顔を見合わせる。

「しかもジョセフのって二人と違って人型じゃないでしょ?だから、最初に見たとき、実はビックリしたんだよね」

なまえは虹村と戦ったときのことを思い出し、車内で見せてもらった二人のスタンドを思い浮かべた。
その際、花京院に必要以上に驚かされたことを思い出して少しだけ眉間に皺が寄る。

「そういやじじいのは変な植物だったな…」

「茨だろう?そういえば名字さんのスタンドってきちんと見たことが無かったんだけど、人型かい?」

「うん」

花京院の質問になまえが首を縦に振れば、なまえのスタンドは躊躇いも無くなまえの背後に現れた。
音も無いそれに慣れている二人が少しも驚く気配が無かったのでなまえは心の中でそれを少し不満に思ったが、まあいいかと車内の仕返しはやめて二人の反応を待つ。

「へえ……なんていうか…」

「……………不気味だな」

「気にしてることを…………」

なまえのスタンドを見て言葉に詰まる二人。
承太郎がハッキリと感想を述べるものだから、なまえは苦笑いを浮かべた。
なまえの背後に立つスタンドは細身で若干女性的なものの、腰の辺りが千切れているようにして無くなっている。
しかし下半身はきちんと存在しており、きちんと上半身に対応しているそれは見えない糸で繋がっているようにも思えた。
上半身と下半身の間では様々な大きさの歯車のようなものが行き来しており、上半身の面積が増えたと思えば下半身の面積が減り、その逆の増減も起こっている。
まるで一生かかっても上下が繋がらないようなそれは、見ていて気分の良いものではなかった。
そしてその全体的に黒いスタンドの顔の部分には黒い布のようなものがかかっており、その表情を伺うことは出来ない。
ふと風が吹いたが、その布は風を無視するように揺れることすらなかった。

「……………………」

承太郎と花京院の視線は、ある一箇所で止まる。
そのスタンドの両手―――きちんと人の形をしているそれは、どちらも肘を直角に曲げたまま手の平を広げ上に向けていた。
何かを差し出しているのか、それとも求めているのか。
その両手も顔の布と同様に動こうとはしなかった。

「私のスタンドは二人みたいに攻撃とか防御とかが出来ないから普段は出さないようにしてるんだ。スタンドを使うときは本当に一瞬だけ出してるけど……」

そんななまえの言葉と共に、その黒いスタンドは音も無くなまえの背後から消える。

「本当にスタンド使いだったんだな」

「え?」

なまえのスタンドが消えてからもなまえの背後へじっと視線を向けていた承太郎が静かに言葉を零した。
なまえが承太郎の言葉に驚いたように視線を動かすと、同時に視線を動かしていた承太郎と目が合う。
それだけで、なまえは承太郎が言いたいことがわかったらしく表情を安堵のものへと変えた。

「ああ…まあ、隠してたからね。気付かれてたら焦るよ」

同じクラスで授業を受けていたときなどのことを言っているのだろう、という考えは当たっていたようで、承太郎は答えに満足したように、しかしどことなく不満そうになまえから目線を逸らす。
なまえは時計をチラリと見て、ジョセフたちはまだだろうかと飲み終わってしまったカップの中身を見下ろした。

「ジョセフが来るまで二人のスタンド見せてくれない?」

そう首を傾げるなまえは、実のところジョセフ以外のスタンド使いに興味津々だったのである。
それぞれ異なるスタンドを見たのは初めてであった――――いつもジョセフのハーミットパープルを引っ張って観察していたなまえは、せっかくだからと二人を見た。
二人は突然何を、と躊躇っていたものの、なまえの眼差しに負けて音もなくスタンドを出し、なまえの傍へともっていく。

「…………………」

「どうかした?名字さん」

二つのことなるスタンドを見上げ、なまえは呆然としていた。
どうしたのだろうと首を傾げる花京院に呼応するように、ハイエロファントグリーンとスタープラチナは目線をなまえに合わせるように下がっていく。

「………かっこいい……」

「え?」

なまえの震える唇が、小さく言葉を零した。
瞬間、消えていたはずのなまえのスタンドが突然現れ、その動かなかった両手で二人のスタンドの頬へ触れる。
ぐいぐいとスタンドたちの頬を引っ張り、肩をぽんぽんと軽く叩き、最終的にはハイエロファントグリーンとスタープラチナの頭を撫でるようにその黒い手は滑っていった。
自身のスタンドから伝わる力強い感触に、なまえは嬉しそうにスタンドを見上げている。
しかし―――なまえ自身のスタンドがなまえにその感触を伝えているように、目の前にいるスタンドもまた、本人たちにその感触を伝えているのである。

「名字さん…あの……」

「…………………」

「え、何?」

花京院が、困ったように笑みを浮かべながらなまえを呼んだ。
承太郎は何も言わないものの、その眉間には微かに皺が寄っている。
呼ばれたなまえはどうしたのかとスタンドから花京院へと視線を動かした。
その間も、なまえのスタンドは二人のスタンドの頭を撫で続けている。

「その……それはぼく達のスタンドなので、感触が本体であるぼく達にも伝わるというか…」

「え?………………っ!!?」

花京院は困惑の表情を浮かべたまま承太郎をチラリと見たが、彼が口を開くようには思えなかったので花京院は撫でられているハイエロファントグリーンを視界の端に入れながらなまえへと真実を口にした。
なまえは花京院の言葉にポカンとしていたものの、少し考えてからその言葉を理解したようで、慌てたように自身のスタンドを消す。

「あ…え……えっと………」

つまり、となまえは頭の中で今起こった出来事を整理した。
巨大な貨物船型のスタンドを使役していたフォーエバーなどの例もあるが基本的にスタンドにはスタンドでしか触れないので、なまえはジョセフのハーミットパープルに触るように自分のスタンドで彼らを触ったのである。
しかしそれは感触だけでいえば、自分が目の前の二人―――花京院典明と空条承太郎の頬を引っ張ったり肩を叩いたり頭を撫でたりしたということでもあった。
なまえはその光景を想像し、恥ずかしさで顔が真っ赤になったが、自分がした行為の恐ろしさに赤はすぐに消えてそのまま血の気が引いていく。

「い、今のは忘れてください………」

恥ずかしさと恐怖で段々と声が小さくなっていくなまえは、今すぐ自分で穴を掘ってそこに埋まりたいとその両手で顔を覆った。


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