勝負の結末は呆気ないものであった。
起き上がったところを承太郎自身の肘鉄を食らって水面へ再び叩きつけられたラバーソウルの顔面は、なまえを睨んでいたときのものとは打って変わってズタボロになっている。
ケーブルカーが落ちてきたときは咄嗟にスタンドで防御したのだろう―――しかし、弱点は無いと言っていたラバーソウルのスタンドも、無傷であるならまだしもなまえによって傷を負い、なまえのことにしか集中していなかたのだ。承太郎のスタープラチナのスピードと威力を防ぐことは出来なかったらしい。
顔中から血を流しながら、ラバーソウルは突如現れた青年――――空条承太郎を焦ったように見上げた。

「はひィ〜はひィ〜!や…やめちくれェ〜っ!もう戦えない……もう殴るのはやめてくれーっ、もう再起不能だよォ〜!鼻の骨が折れちまったァ。歯も何本かブッ飛んだよォ………下アゴの骨も、針金でつながなくちゃあならねーよきっとォ…はひィーはひィー」

「…………………」

なまえは、先ほどとはまるで別人のラバーソウルを唖然と見下ろす。
さっきまでの怒りと余裕はどこへ行ったのだと驚き―――承太郎の強さにも、開いた口が塞がらなかった。

「治療をうけさせてくれ〜おとなしく2ヶ月は入院するよォ。おれはDIOには金でやとわれたんだ…ブゲゲ…命をはってまであんたらを狙うつもりはもうねぇ!」

「名字さん、大丈夫かい?」

「え……?あ、うん…ありがとう。花京院くん」

自分を水中から引き上げてくれた花京院が心配そうになまえの顔を覗き込んできたのを見て、なまえはラバーソウルから視線を逸らし、慌てて礼を言う。
なまえの身体は頭まで水中に浸かったためずぶ濡れだったが、花京院はどこからか取り出したタオルをなまえの肩からかけると手や首などの傷へ視線を動かした。

「早くジョースターさん達と合流して手当てをした方がいい…承太郎、任せても大丈夫か?」

「……ああ。ついでにスタンド使いについての情報も聞き出しておく」

「わかった」

なまえは、花京院の提案を否定しなかった。
敵は既に傷を負っているとはいえ、ラバーソウルのスタンドはかなり戦い辛い敵である―――しかしそれ以上に、承太郎のスタンドの威力が凄まじかったのである。
虹村と戦ったとき、自分を攻撃しろと言ったのはなまえ自身であるが、もし自分が一瞬でもスタンドを使うのが遅ければ――――と想像し、鳥肌が立つその答えに首を振った。
それは承太郎だけでなく花京院にも言えたことではあるが、近距離タイプと遠距離タイプでは攻撃時に感じる恐怖が異なる。
それに花京院はあのとき少し躊躇ってくれた、と手加減の無い承太郎に別の意味で恐怖した。

「さあ…しゃべってもらおうか…」

花京院に連れられるなまえが一度こちらを振り返ったのを視界の端に入れながら、承太郎は目の前で命乞いをするラバーソウルをじっと見下ろす。

「これから襲ってくる『スタンド使い』の情報だ…」

「そ!それだけは口が裂けても言えねえ…ぜ。『誇り』がある…殺されたって…仲間のことはチクるわけには…いかねえ…ぜ」

顔に激痛が走り、血を流しながら、ラバーソウルは承太郎の言葉に首を横に振った。
金で雇われただけとはいえ、それだけは譲れないと言ったように真剣な表情になる。

「なるほどご立派だな」

「思い出した『死神』『女帝』『吊られた男』『皇帝』の4人がおまえらを追ってるんだった!」

しかし拳を振り上げる承太郎に、ラバーソウルは前言撤回だとでもいうように早口で自分の持っている情報をあっさりと言い渡した。
そうすれば言うことを見抜いていたとでもいうように、承太郎は溜息一つつくことなく「で!どんな能力だ?」と更に情報を聞き出そうとする。
が、その質問に「知らねぇ」と首を横に振るラバーソウルをその鋭い目で見下ろした。
そんな視線に、ラバーソウルは焦ったように口を開く。

「いや!こ、これは本当に知らねえ!スタンド使いは能力を他人には見せない…たとえ味方でも見せることは弱点を教えることにほかならねぇからだ」

そこまで言って、それだけでは再び殴られると感じたのか、「ただ、」とラバーソウルは黙っている承太郎に向けて持っている情報を喋り続けた。

「DIOに『スタンド』を教えた魔女がいるが、その息子が4人の中にいる…名前はJ・ガイル。目印は両手とも右手の男!カードの暗示は『吊られた男』………ポルナレフの妹のかたきだろ?そいつの能力は少しだけ噂で聞いたぜ…」

「……………………」

「『鏡』だ。『鏡』を使うらしい。実際見てねーが、ポルナレフは勝てねーだろう。死ぬぜ」

承太郎から避けるように、ラバーソウルは段々と先ほどなまえが寄りかかっていた壁際までゆっくり行くと片方の腕だけを道路側に上げて身体を休ませる。
瞬間、承太郎の近くの排水口がゴボッという音とともに存在を主張した。
二匹のザリガニがどうにかしてそこに入ろうとしているが、ラバーソウルはその排水口を見て口端をあげる。

「今、気付いたが承太郎………ヒヒヒ…幸運の女神はまだおれについていたようだぜ」

ヒヒ、と耳につく笑いに承太郎はラバーソウルを睨みつける目に力を入れた。

「そこんとこの排水口だが、ザリガニがたくさんいるだろう。よく見てみな」

ラバーソウルの言葉に、承太郎は横にある排水口へと向く。
その際水が微かに揺れて襟に飛ぶが、承太郎はそんなことを気にしてはいなかった。
何事かと排水口をじっと見るが、ザリガニがそこに入っていこうと動いているだけ。
くるりとラバーソウルを振り返るも、その重傷の身体で必死に地面へ上がろうとしているだけで、承太郎から必死に逃げようとしている風ではない。
ふと、ラバーソウルの身体を纏っていたイエローテンパランスがその腕から地面に伸び、その地面から近くのマンホールへと―――

「(―――マンホール………!!)」

承太郎が、ラバーソウルの"幸運"の意味に気付いたときには既に手遅れ。
承太郎を覆うように、イエローテンパランスが排水口から勢い良く噴出した。
巻き込まれたザリガニは排水口から追い出されたが、水の中へ戻されるでもなくイエローテンパランスに取り込まれていく。
驚いている承太郎を地面の上から見下ろしながら、ラバーソウルは下品に笑う。

「ぐわははははそのちいせえ〜排水口は!おれのそばの、このマンホールにつづいてたァーッ!!ひっぱって!テメーを固定するッ!!」

承太郎の195cmもの身体が、水の抵抗もあるというのに意図も簡単に排水口へ引っ張られ、ぶつかった。
身動きをとろうとも、がっしりとイエローテンパランスに固定されてしまいラバーソウルを見上げることしか出来ない。

「これでもうオレを攻撃できまいッ!今、おれが話した『両手とも右手』の男のことは無駄になってしまったな。空条承太郎!てめーを引きずり込む穴がこんな近くにあるとはまったく幸運よのうォーおれってさあーっ!!」

捕らえられたザリガニが、排水口の奥で蠢く。
しかしそれを、固定されている承太郎が見ることは叶わない。

「ザリガニも食ってパワーアップ!ブヂュブヂュルつぶして、ひきずりこみジャムにしてくれるぜェーッ!!」

ラバーソウルは承太郎に殴られた痛みも気にしないと、その両足で立ち上がり、両手の肘を曲げて至極嬉しそうに口を開いた。

「おめーを殺すかあの女をDIOに引き渡せばDIOに一億ドルもらうことになってる………ヒヒ。やっぱり素直にてめーから殺っときゃ良かったなァ!数分の戦いでこんなことになるとはよォ!おれって幸運だと思わんかい〜!?このタマンシヘナチンがァーっ!!」

ラバーソウルは勝利を確信したとでもいうように高らかに笑い上げる。
なまえがコインと交換したケーブルカーはとっくに水の底へ沈んでおり、真剣な表情で遠くを見つめる承太郎が何を見ているのかはわからない。
しかし、そんな承太郎の瞳に、敗北の二文字は存在しなかった。
いつものように眉間に皺を寄せ、呆れたように「やれやれ」と顔を横に向ける。

「自分のことというのは自分ではなかなか見えにくい………気が付かねーのか。本当にてめーが幸運だったのは『いままでだ』ということに………鼻を折られた程度で済んでいたのが………」

瞬間、水しぶきがラバーソウルへ微かに飛んだ。

「真の幸運だったということによォ―――ッ!!」

ボゴォッ、という鈍い音とともに、承太郎のスタンドであるスタープラチナのパンチが排水口へと食らわせられる。
ビシュッ、と一瞬水の音がしたと思えば、何が起こったのかと疑う静寂。
そして―――ラバーソウルが立つマンホールが、勢い良く飛び上がった。

「ゲェ!は…排水口にす…水圧のパンチを!」

下品な叫び声をあげながら、ラバーソウルは顎にその鋼鉄のマンホールをくらう。
下からの水圧とマンホールの攻撃により、ラバーソウルは再び水中へと。
そして――――気付いたときには既に手遅れ。
空条承太郎は、ラバーソウルの背後からその整えられている髪を鷲掴み、勢いよく顔を上げさせた。

「ハハッ。じょ…」

じょうだんだ、とラバーソウルは情けない笑いを零す。

「じょうだんだってばあ、承太郎さんッ!ハハハハハ、ちょ…ちょっとしたチャメッ気だよォ〜ん!たわいのないイタズラさぁ!やだなあ!もう〜!本気にした?」

「…………………」

「ま…まさか…もうこれ以上殴ったりしないよね…………?重症患者だよ。鼻も折れてるしアゴも骨も針金でつながなくちゃあ。さっきあの女…じゃなくて可愛いお嬢さんにケーブルカーで海に沈められそうになったしさあ〜?ハハハハハハハハハハ」

承太郎は、ラバーソウルにイエローテンパランスで拘束され首を絞められていたなまえを思い出し、そして必死に逃げようとするラバーソウルに胸糞悪いとでもいうようにその端正な顔を歪めた。

「……もうてめーには何も言うことはねえ………とてもアワレすぎて」

――――何も言えねえ。

「オラオラァッ!!」

その後、ラバーソウルがスタープラチナによってボコボコに殴られた事は言うまでも無い。


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