「……………………」

「……………………」

先ほどのこともあり、なまえは向かい側に座る花京院を直視出来ないでいた。
ケーブルカーの中で遠ざかる地面を見下ろしながら、先ほどのことを思い出す。
言葉遣いも何もかもが、自分の知っている花京院ではなかった。
しかし彼のことをあまりよく知らない自分だ。絶対的に彼がそうでないとは言い切れない。

「(まさか……DIOの手下が?)」

そう考えてみるものの、ここまで来る間に誰かがついてくるといったことも無かった。
わざと人通りの少ない場所や狙いやすい場所を通ってみても、ただただ時間が過ぎるだけ。
何か悪いものでも食べてしまったのだろうか、とまで考えて。

「名字さん」

「っ!?」

すぐ傍で聞こえた声に、なまえは驚いたように自分が向いていた方とは逆の方向を振り返った。

「(気付かなかった……)」

いつの間にか、なまえの向かい側に座っていたはずの花京院が、なまえの横に座っている。
足音も聞こえず、気配が動いた様子もわからなかった。
確かに彼はDIOの手下になるほどの実力者ではあるが―――

「どうかしました?なにか、考え事でも?」

「え、いや……」

口調も、最初のような丁寧なものに戻っている。
本当に。先ほどのアレは、一時の感情に任せたもの―――癇癪のようなものだったのか、となまえの頭の隅にある不安が揺らいだ。
段々と近付いてきているような気がして、なまえは無意識のうちに後ろへ下がる。

「すみません。先ほどのことは忘れて下さい…少し、緊張していまして」

「緊張……?」

トン、となまえは自分達以外誰もいないケーブルカーの中で背中を叩かれた。
否、背中を叩かれたわけではない。
ケーブルカーの端にぶつかり、壁に寄りかかるような形になったのだ。
そのことに気付いてチラリと後ろへ視線を送った瞬間。

「なっ!?」

ドンッ、となまえの顔の横に腕が伸びる。
その壁に触れている手を辿っていけば、不気味なほどに無表情な花京院がなまえを見下ろしていて。
その表情が今にも自分にぶつかりそうだったのを視界に入れ、なまえは驚いたように目を見開いた。

「…………………」

「か、花京院くん……?」

しかし、花京院はそれだけなまえに近付いているというのに口を開こうとはしない。
ゆっくりと自分の顔に伸びてくる花京院の左手。
壁に触れている右手が動く気配はなく、花京院の左手がなまえの頬に触れそうになった瞬間。

「…………………」

花京院の目の前から突然、なまえの姿が消える。
しかし花京院は表情一つ変えずゆっくりと後ろを振り返った。

「………………っ、」

なまえは、その視線に息を呑む。
花京院はなまえがいた場所にポツンと置かれているロープを視線だけで見下ろし、ようやく壁から右手を離した。
そのまま身体ごとなまえを振り返り、不気味に口端を上げる。

       ・・
「それが―――お前のスタンド能力か」

「なっ―――――!!」

なまえの頭の隅にあった不安が、一気に目の前を覆い尽くした。
彼は―――違う。
ハイエロファントグリーンをスタンドに持つ、転校生でありクラスメイトの花京院典明では、無い。

「何……!?一体………」

花京院ならば、なまえのスタンドについては知っている。
しかし目の前の―――花京院のカタチをした"ナニカ"はそれを知らなかった。
それだけで十分だった。
先ほどまでのことを思い出し、なまえの頭を混乱が支配したが、それを断ち切るようにジョセフの姿が脳裏に浮かぶ。

「(――――逃げないと)」

スタンド使いだ―――DIOの手下だ、となまえの頭の中で警戒音が鳴り響く。
彼の正体を言われなくとも、サイレンは既に真っ赤だ。

「おれは食らった肉と同化しているから、一般の人間の目にも見えるしさわれもする『スタンド』だ」

花京院だった顔がグリュグリュと溶けるようにケーブルカーの地面と座席に落ちていく。
そのグロテスクな光景から、なまえは目を離すことが出来なかった。
花京院に取り憑いているわけでもない。花京院に変装しているわけでもない。
それは"彼"を覆うようになっていただけで、今"彼"からそれが剥がれ落ちているのだ。
そして、その素顔が姿を現す。

「『節制テンパランス』のカード、イエローテンパランス!」


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