なまえと花京院は、ショッピングモールまでの道を沈黙のまま歩いていた。
なまえはそういえばこうして花京院と二人で歩くのは保健室に行くまでの道以来だな、と思うが、こうして二人きりになってしまうと何を話せばいいのか言葉に困る。
しかし花京院は口を閉ざしたまま平然と歩いているので、無理して喋る必要も無いかと視線を横に流した。
「あ…アイスでも食べる?」
「アイス?」
「うん。相変わらず暑いし。買い物に行く前にバテたら意味無いからね…どうかな?」
「別に構わないよ」
なまえは先ほどの笑みの一切が消えた花京院に、少しだけゾっとする。
まるで肉の芽が埋め込まれていたときのようだ―――とまで考え、そんなまさか、とアイス屋へ向き直った。
もしかしたらジョセフ達が年上だからと普段敬って表情を作っているだけで、これが本来の彼なのかもしれないし、と自分の中の疑問を消す。
「すみません、アイスクリームください」
「おじょうちゃん。アイスクリームもいいが、こいつはうまいよン。ひんやり冷えたヤシの実の果汁だ。どうだい?」
「2シンガポールなら買ってもいいよ」
店員は楽しそうにヤシの実をなまえに差し出すが、なまえは値段を見て遠慮がちに笑みを浮かべた。
こういった観光地で観光客からお金をぼったくる店は少なくない。
しかし店員はせっかくだからと、ヤシの実を切ってなまえ達に見せた。
「名字さん。ぼくが払おう」
「え?そんな」
「ヘイどーも。8ドルっす」
「だから高いってば」
なまえは相変わらずの店員に溜息をつきたそうにするが、花京院がその値段でも構わないと財布を取り出す。
瞬間、なまえと花京院の横を素早いスピードで男が通り抜けた。
「いただき!」
「え!?」
なまえは驚いたように振り返り、走り去る男を見る。
次いで花京院を見て、その手に握られていたはずの財布がないことに気付き、今の男がスリだということを知った。
驚くなまえと、「あーあ」という同情の眼差しを向ける店員の視線の先で、花京院はゆっくりと走り去る男を振り返る。
瞬間、花京院の足元から影が伸び―――それはスタンドであるハイエロファントグリーンへと。
「(、え―――――?)」
しかしなまえが驚いたのはそこではない。
彼ならば―――普段の彼ならば、そこでスリから財布を返してもらい、終わったはずだ。
だけど彼は。ハイエロファントグリーンの使い手である花京院典明は、もう財布などどうでもいいと言ったように男を見下ろす顔を醜く歪ませる。
「てめー、おれのサイフを盗めると思ったのかッ!このビチグソがァ〜っ!!」
「花京院くん……?」
「ヘドぶち吐きなッ!」
なまえは、声が出なかった。
ゲシャァンという鈍い音と共に、花京院の膝蹴りが男の顔にモロに入ったのである。
それを見ていた店員は痛そうだと顔を歪ませ顔を背けたが、花京院はそれだけでは止まらなかった。
男の髪だけを鷲掴み、立たせる。
先ほどの膝蹴りだけで、男は既に血を吐いているというのにだ。
「この、こえだめで生まれたゴキブリのチンボコ野郎のくせに…おれのサイフを!そのシリ穴フイた指でぎろうなんてよぉ〜っ!!」
「っ――――!!」
なまえはただ見ているだけだった。
あまりのことに身体が動かず、夢でも見ているのかと自分の正気を疑うほど。
あの花京院が絶対に言いそうもない下品な言葉で男を怒鳴りつけ、あろうことかバックブリーカーをかけたのだ。
男の背骨やいたるところはその衝撃で泣き声をあげ、男の口から出るのは苦しみにもだえる声のみ。
その間も、花京院は「こいつはメチャゆるさんよなあああ」と男に技をかけ続けている。
男の背骨だけでなく腕も折れてしまっただろうか―――そこまで見て、なまえはようやく自分が喋れることを思い出したように花京院へ駆け寄った。
「花京院くん!もうやめて!血を吐いてるし骨も折れてる!!」
相手はスタンド使いでもDIOの手下でもないただの一般人なのだ。
それほどサイフをすられたことを怒っているのかと思ったが、そのサイフは花京院が踏みつけている。
まるで、そんなものはただの口実だとでもいうように。
「花京院くんッ!!」
やめる気配が無い花京院の左腕を掴み、なまえは花京院にやめさせるように強く腕を引っ張った。
しかし花京院の腕がなまえの力如きで引き離されるはずもなく―――それでも腕を放さないなまえへ、そこでようやく花京院が視線を動かす。
ドサッ、とそのままの位置から男を落とし、花京院はじっとなまえを見下ろした。
「っ……………」
なまえはその視線がなんだか恐ろしく、咄嗟に花京院の腕を掴んでいた手を離す。
「名字さん…こいつはぼくのサイフを盗ろうとしたとっても悪いやつなんですよ。こらしめて当然でしょ!ちがいますかねェ?なまえちゃん!」
「………………」
後ろのほうで、子供たちが楽しそうにカブトムシを見つけている声が酷く現実離れしていて。
なまえの瞳が動揺で揺れ動く中、花京院はいつものように静かに笑みを零した。
「名字さん…そう大げさに考えないでくれよ。今日はちょっとばかりイラついていたんだ…旅につかれ始めてね。機嫌が悪いって日さ…君だってそういう時があるだろう…たしかに、ちょっとばかりやりすぎて痛めつけてしまったな」
買い物に行こうか、と歩き出す花京院の背中を見つめるなまえの頭の隅に、静かに不安が芽生え始める。
「(機嫌が悪い……?いや…あれはまるで―――)」
上機嫌だったという考えが、消せないまま頭の中を彷徨っていた。