昔々、スマトラという国の王子が新しい領土を求めて航海に出た時、白いたてがみの獅子(シンガ)の住む島をみつけた。
世界中の船やタンガーがいきかう海峡の国―――自由貿易によって西洋と東洋が溶け込む民族国家、シンガポール。
王子は、そのシマをシンガプーラと名づけた。
なまえたちはなんとかそのシンガポールへたどり着き、今は一夜を明かすためのホテルを探してそこへ歩いている。
しかし何故かシンガポールにいる父に会うといってついてきた子供はなまえの手を離そうとはせず、なまえも子供である彼女を無下に扱うわけにもいかずとりあえず共にホテルまで共に行くのであった。
なまえは十階の部屋の鍵を渡され、DIOの部下がいつ襲ってくるかわからない今、子供とは違う階の部屋になる。
子供は不満そうだったが、お金をジョセフが払ってくれている手前、何も言わずに鍵を受け取った。

「うう…やっとゆっくりできる……」

なまえは船酔いの相当参っていたのか、着替えるまでもなくベッドへ倒れこむ。
陸地へついてから随分経っていたので船酔いはもう引いたようで、ここまできちんと歩いてこれた。
しかし、なまえの顔色は回復せず、青いまま。
爆発して沈んだ船。
ぐにゃりと歪み、沈んだ船。
目を閉じれば、なまえの脳裏には承太郎がDIOの手下と戦ったときの光景が浮かんでくる。

「……………………」

なまえは首を横に振り、シャワーでも浴びようとシャワールームへの扉を開けた。
やはりトイレとシャワーは同じ場所だったが、そう長く滞在するわけでもないので別に構わないだろうとなまえは服を脱いで乾燥機付きの洗濯機の中へ入れ、スイッチを押す。
量も少ないので数十分ほどで再び着れるようになるだろう、とシャワーの温度を調節して頭からお湯をかぶった。

「……………………?」

しばらくシャワーを浴びていると、一瞬、電話の着信音のようなものが聞こえたような気がしてシャワーを止める。
しかし耳をすましてみたところで何も聞こえなかったので再び蛇口を捻り、泡を洗い流した。
どれくらいそうしていただろうか。
自身を流れる液体を感じながら、なまえは洗い終えた身体のままぼんやりとしていた。
ふとそんな自分に気付き、シャワーを止めると置いておいたバスタオルで身体を拭く。
そのまま少し濡れたバスタオルを身体に巻き、シャワールームの扉を開け、まだ服を洗っている洗濯機をチラリとだけ見た。

「(ちょっと…寝ようかな……)」

少し落ち着いたら着るものなどを買いにいくそうなので、勿論パジャマなどは今手にしていなかった。
しかしホテルに備え付けのバスローブがあったため、なまえはそれを身につけると、緊張の糸が切れたかのように猛烈な睡魔が襲い掛かってきていた。
髪を乾かすことも忘れ、なまえはベッドに倒れこむように眠りにつく。

「……………………」

その上階で、花京院は何かを考えるようにベッドに腰掛けていた。
同室の承太郎もいつものように口を閉ざしていたが、そんな花京院を視界に入れるとどうしたのかと口を開く。

「考え事か花京院」

「ああ……少し、名字さんのことで」

花京院はその長い足をベッドから投げ出し、ソファに座りながらこちらへ顔を向ける承太郎の方を向いた。

「DIOのことはあまり知らないが、彼女のような戦闘向けではないスタンド使いを欲しがるとは思えないんだ。未来が見えるとかいうならまだしも、物を入れ替えるというだけでは…」

「……確かにな。もしかしたらスタンドは関係ないのかもしれねぇぜ」

「スタンドは…?どういう意味だい、承太郎」

花京院はあまり他のスタンド使いのことを知らないので、未来の見えるスタンド使いが実際にいるのかはわからない。
しかしそれくらいの能力でなければ、DIOが執拗に求めるとは思えなかったのだ。

「さあな…。だが、船酔いでダメになってたときは置いといて、あの虹村とかいう野郎と戦ったときや飛行機での戦い、そしてアヴドゥルとポルナレフが戦ってたとき、あいつは全くビビッてなかった」

それが気になってな、と室内にも関わらず帽子を取らない承太郎は言葉を続ける。

「普通の女なら悲鳴の1つでもあげるだろうよ…にも関わらず、あいつは俺達に攻撃しろと言ってみたり手紙を燃やしたり……戦うことには慣れちゃいねぇが、戦いには慣れてるみたいな素振りだったように思えてな」

「………確かに。そうかもしれない…。それに、彼女は"スタンド使い"だ。つまり、そうなれるほどの精神力があるということ…」

そこまで互いの思っていることを言い合って、しかし。
しかしそれでも―――DIOがなまえに目を付けた理由は浮かばなかった。
もどかしくとも、今はどうすることも出来ない。
なまえはスピードワゴン財団に保護されていたので、そのときにDIOのことは小耳に挟んだことがあるらしく、全く知らないというわけでもないのだ。

「学校での名字さんは、どんな感じだったか覚えているか?」

ふと、花京院が話を逸らす。
否、逸らしているわけではなく、視点を変えてみようということだった。
承太郎は花京院の言葉に花京院から視線を逸らすと、思い出すように天井を見上げる。

「…………あんなに喋るような奴じゃあなかったな」

「え?」

「どっちかというと無口なほうで、他人と距離を置いてるような奴だったぜ」

「無口……って」

君が言えたことじゃないだろう、という言葉を花京院は飲み込んだ。
承太郎は必要でないことはあまり喋らない人間なだけで、頭の中では色々と考えているのである。
船で戦っていたときも、自分が承太郎と戦ったときも、その思考回路には驚かされたものだ。

「(距離、か………)」

花京院の眉間に、自然と皺が寄る。
スタンドというのはスタンド使いにしか見ることが出来ない―――それを知ったのは、DIOと出会ってからだった。
それまではスタンドが自分にしか見えないために友人や仲間と呼べる人物は周囲に誰もおらず、家族とすら壁を作っていたのである。
そんな自分と、なまえが重なった。
ジョセフと喋っているなまえの表情や言動は、恐らくあのまま学校にいては見ることの出来なかったものなのだろう。

「にしても、数回しか喋ったことがないって言いながら、結構知ってるんじゃないか。名字さんのこと」

「…………その数回が問題なんだよ」

「え?」

「なんでもねぇ。そろそろじじいの部屋に行くぞ」

承太郎は立ち上がると帽子のツバに触れ、花京院の横を通って扉へと歩いていく。
そういえばポルナレフが襲われたという新手のスタンドについて話があるとアヴドゥルから電話があったな、と今は鳴る気配の無い電話へチラリと視線をやり、花京院も承太郎の後に続いて部屋を後にした。


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