「流されていくぞ。『暗青の月』………自分のスタンドの能力自慢をさんざんしていたわりには大ボケかましたヤツだったな」
そう、船長を見下ろすポルナレフをアヴドゥルと花京院はじっと見つめていたが、ポルナレフがその視線の意味を知るよしもない。
そして承太郎は１人、なまえへ腕を伸ばしたままギリギリと何かに耐えていた。
「承太郎、どうした？さっさとなまえを引っ張り上げてやらんかい！」
そんな様子を見たジョセフが承太郎へ軽く怒鳴るが、承太郎は小さな呻き声と共に大量の汗をかいている。
ガクンガクンと、何かに耐える承太郎へ疲労が蓄積されていた。
「！？」
「？」
「ど…どうした承太郎！？」
なまえを見下ろしたまま起き上がらない承太郎に、ポルナレフたちも気付き、そちらを向く。
「ち、ちくしょう…ひきずり込まれる！」
「え！？」
「なんだって！」
なまえの見えない位置で、船についていたフジツボが承太郎のスタンドへと移動する。
その拳に纏わりついたそれは、プツプツとスタンドの手へ穴を開け、承太郎の手からは血が溢れだした。
「う…ああああッ！」
「こ…これはッ！」
「フジツボだッ！あの甲殻海生動物のフジツボ虫だ」
「『星の白金』の腕にッ！腕から船腹へつながってビッシリとッ！」
海へ引きずりこまれそうな承太郎の身体を、ジョセフたちがなんとか引っ張り上げようと後ろから支えるが、それも無駄。
どんどんと承太郎の身体は前のめりになり、後ろからの支えが無ければ今頃は既に海へ落ちていただろう。
「やつは…まだ闘う気だ」
「やつを殴った時くっつけやがった。どんどん増えやがる……おれのスタンドから力が抜けていく…パワーを吸い出して海中に引きずり込もうとしている…」
「い…いつの間にかいない！船長が、どこにもいない！」
なまえはチラリと承太郎のスタンドの方を見る。
フジツボがびっしりとくっついているそれに、なまえは引いていたはずの吐き気が戻ってきたらしく慌てて自分の手で口をおさえた。
「承太郎、スタンドをひっこめろッ！！」
「それができねーから…ヌウウ。かきたくもねー汗をかいているんだぜ」
そして突然、承太郎の身体が勢いよく海へと投げ出される。
ポルナレフたちが手を伸ばすものの、その手はあと一歩のところで届かない。
自然、なまえの身体も海へと放り投げられるが、なまえは花京院のスタンドに腕を掴まれ、代わりに承太郎が海へと落ちてしまった。
「ジョジョ！」
「し…しまったァ！」
「ま…まずい」
なまえは花京院のスタンドに抱きしめられる形で船の甲板に引き上げられていた。
未だに体調が崩れないらしく、甲板に足を下ろして近くのデッキチェアへ腰掛ける。
勿論承太郎のことは心配であったが、今こんな状態の自分が行ったところで邪魔になるだけだろうと深呼吸した。
そんななまえに、スタスタと子供が近付いてくる。
「お、おい…大丈夫か？」
「え……ああ、うん。大丈夫だよ」
そうなまえは子供へ微笑むが、その顔色は大丈夫というものからは程遠かった。
船酔いで気分が悪かったのに、敵のスタンドで強く身体を締め付けられ、海へ落とされそうになるということでなまえの気分は悪化していた。
船から下船できるというのは有り難かったが、海へ直接落ちるのは御免こうむりたいとなまえは花京院たちが承太郎を見下ろしている光景を視界に入れる。
「お…遅い！浮かんで来ないぞ！！」
「渦だ！巨大な渦ができてるんだ」
「どこだ、ジョジョのやつはどこにいるんだ！？」
「助けに行くぞ！」
ポルナレフたちの言葉に続き、花京院が自分のスタンドを出す。
それと同時、ポルナレフたちもスタンドを出して花京院につづいて海へ飛び込もうとするが、先に海へ手をつけた花京院のスタンドに異変が起こった。
海面へ触れた瞬間、ズバア、とその手は切り裂かれ、花京院の手からも血が噴き出す。
そのことに驚き、花京院を含めた三人のスタンドは海面ギリギリのところで静止した。
「こ…これはウロコだ……や…やつのスタンドのウロコだ…カッターのようなウロコ」
「渦の中に無数のやつのスタンドのウロコが舞っているッ！やつが５対１でも勝てると言ったのはハッタリではない……これは、水の蟻地獄だ」
「飛び込めば全員皆殺しにされる可能性大だッ！ジョジョ！」
しかし、ポルナレフやアヴドゥルの声は水中にいる承太郎には聞こえない。
スタンド同士の会話なら出来たかもしれないが、今は戦いに集中している承太郎を船の上から見守ることしか出来なかった。
承太郎も、花京院がやられたのと同じウロコに、渦の中で体中を切られている。
そして、そんな承太郎の姿を船の上にいた花京院とポルナレフが見つけ出した。
「あっ、ジョジョだッ！渦の中にジョジョが見えたぞ」
「いかん。ぐ…ぐったりしていたぞ」
「ぐったり……？」
焦る花京院とポルナレフ。
しかし、そんな二人とは対照的に、ポルナレフの言葉を聞いたジョセフは冷静に何か考える素振りを見せる。
「全然もがいてなかったのか？…フーム…そりゃ、ひょっとしたらナイスかもしれんな」
「え？」
ジョセフの呟きに、心配そうに承太郎を見下ろしていたアヴドゥルが疑問の声とともジョセフを振り返った。
再びアヴドゥルが承太郎を振り返ったとき、再び渦の中へ取り込まれてしまったのか姿を見失ってしまう。
しかししばらく不安そうに見下ろしていれば、海面へ勢いよく承太郎が顔を出した。
皆が承太郎の無事に声を零すなか、ジョセフは「やはりわしの孫よ」とジョースターの血統を誇っている。
なまえの顔色は悪いままだったが、承太郎の無事をきいて自然となまえの口元が嬉しそうにあがった。