しかし船長はキョトンとした顔で承太郎を見つめ、「スタンド?」と首を傾げた。
「それは考えられんぞ承太郎!このテニール船長はSPW財団の紹介を通じ、身元はたしかに信頼すべき人物。スタンド使いの疑いはゼロだ…」
「ジョジョ、いいかげんな推測は惑わすだけだぞ!!」
「ちょっと待ってくれ。『スタンド』?いったい何を言ってるのかわからんが」
「証拠はあるのかジョジョ!」
一転、花京院たちは先ほど子供へ向けていた疑いの目を、船長へと向ける。
しかしジョセフの言葉から、全員が半信半疑であった。
なまえはそんな様子を見ていたが、そーっとこちらへ後ろ向きに下がってくる子供を視界に入れ、口を手でおさえながら喋りかける。
「あなた、大丈夫?」
「っ!?な、なんだ…おまえもやられたいのかァ?」
「あー、いや。降参だよ降参。あなた、強そうだし」
「……確かに、顔が真っ青なてめーに負ける気はしねえが…」
長い黒髪は海水で濡れ、肌に張り付いてしまっているが、そんな子供から見てもなまえは顔色が悪いらしい。
口では悪態をついていても、子供は心配そうに横目でチラリとなまえの様子を伺っていた。
「『スタンド』使いに共通する見分け方を発見した。それは…スタンド使いはタバコの煙を少しでも吸うとだな…」
承太郎の言葉に、なまえは子供からそちらへ視線を移す。
子供はわけもわからず、とりあえず喋っている承太郎の方を向いた。
そして、承太郎の右手は自分の鼻へと伸び、人差し指でトン、と鼻を叩く。
「鼻の頭に、血管が浮き出る」
「えっ!」
ジョセフ、花京院、アヴドゥル、ポルナレフ、そしてなまえの5人が自分の鼻へ手を伸ばした。
といってもなまえは元々自分の口を手でおさえていたため、そのまま自分の鼻を触れただけだったが。
「うそだろ承太郎!」
「ああ。うそだぜ!だが………マヌケは見つかったようだな」
「アッ!!」
子供はポカンとした表情でジョセフたちの行動を見つめていたが、その視線の先で、船長までもが鼻の頭に手を伸ばしていた。
そのことに気付き、船長だけでなくジョセフたちも短く声を上げる。
相変わらず子供はわけがわからないと言った様子でキョロキョロしていたが、スタンド使いを発見した承太郎たちはそんな子供に説明している場合ではない。
もしそんな暇があったとしてもスタンドを知らない人間に教えることなどはしないのだが、それよりも。
目の前の船長はもう無駄だと思ったのか帽子を脱ぎ、纏っていた雰囲気をガラリと変える。
「承太郎、なぜ船長が怪しいとわかった?」
「いや、全然思わなかったぜ。だが………船員全員にこの手を試すつもりでいただけのこと…………だぜ」
ジョセフの疑問に答えながら、承太郎は先ほどとは別人のような顔つきの船長を睨む。
そんな承太郎を見て、船長はゆっくりと口端を上げた。
「シブイねぇ…まったくおたくシブイぜ。たしかにおれは船長じゃねー…本物の船長はすでに香港の海底で寝ぼけているぜ」
「それじゃあてめーは、地獄のそこで寝ぼけな!!」
瞬間、なまえは振り返る。
何か黒い影が見えた気がして、何も考えずに子供を甲板へ突き飛ばした。
「な、なにすんだテメー…え!?」
「っ、!」
突然のことに甲板へ顔を打ち付けた子供が、打ち付けた顔をおさえながらなまえへ振り返る。
しかし、その怒声は途中で驚愕の声へと変わった。
承太郎たちがそんな声に反射的に振り返り、その光景を見て「しまった!」と声を上げる。
子供を突き飛ばしたなまえは、海から伸びてきたスタンドに掴まれ、魚人のようなスタンドに抱きかかえられるように捕まってしまった。
「水のトラブル!嘘と裏切り!未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード、その名は『暗青の月』!」
なまえはなんとか身動きをしようとするものの、しっかりとホールドされてしまっていて動かせるのは手首や足のみ。
しかもあまり暴れると酔いが酷くなってきそうで、なまえは普段の半分も力を出せないでいた。
「てめーらと6対1じゃあさすがのオレも鼻が折れるから正体を隠し、ひとりひとり順番に始末してやろーと思ったが、バレちまってはしょうがねぇーなぁ。6対1でやらざるをえまい」
しかし、と船長はスタンドに捕まっているなまえへチラリと視線を送る。
「船酔いとはねぇ…これじゃあスタンド使いだろうがなんだろうが力は出せまい。このオレに運が向いている証拠……。今からこの小娘と一緒にサメの海に飛び込むぞ。当然、てめーらは海中へ追って来ざるをえまい!おれのホームグラウンド、水中なら6対1―――いや、この場合は5対1か。それでもおれは相手できるぜククク…やれるかな?」
「人質なんかとってなめんじゃねーぞ、この空条承太郎が、ビビリ上がると思うなよ」
「なめる…これは予言だよ!」
スタンドに抱えられているので既にそこは船上ではないが、そんなに早くなまえの体調が回復するわけもなく、必死にもがくもスタンドに押さえつけられどうにもならない。
スタンドが見えていない子供は宙に浮いて苦しそうにするなまえを、汗をかきながら見上げるがどうしていいのかわからず混乱しているようだった。
「とくにあんたのスタンド、『星の白金』…素早い動きするんだってなぁ。自慢じゃあないが、おれの『暗青の月』も水中じゃあ素早いぜ。情報は聞いてるぜ。ひとつ比べっこしてみないか?……どんな魚よりも華麗に泳げる」
フフフフ、となまえを人質にとった船長は勝ち誇ったように承太郎へ笑みを向ける。
そしてそのまま手すりを飛び越えると、なまえを抱きかかえたスタンドと共に海へ落下しようとした。
瞬間、物凄い音と共に、船長のスタンドが承太郎のスタンドによって海面へと叩きつけられる。
なまえは海面へと落ちるギリギリのところで承太郎のスタンドに腕を引っ張られ、着水を免れた。
「ゲホーッ、ら…落下するより早く、こ…攻撃してくるなんて…………そんな」
「…海水をたらふく飲むのは………てめー1人だ」
フン、と血を流す船長を見下ろしたまま、承太郎はアヴドゥルへ「なにか言ってやれ」と言葉を託す。
アヴドゥルは承太郎の隣で海面へ浮かぶ船長を見下ろしながら、静かに口を開いた。
「占い師のわたしをさしおいて予言するなど」
「10年早いぜ」
ポルナレフが笑みを浮かべながらアヴドゥルへ続き、ジョセフはホッとしたようになまえを見下ろした。