「じょ、承太郎ッ!下だ!か…海面下から何かが襲ってくるぞッ!サメではない!す…すごいスピードだ!」
「!?」
「承太郎早くッ!早く船まで泳げッ!」
「と…遠すぎるッ!」
子供にしては長い距離を泳いだのか、ジョセフたちは投げた救命具についている紐を掴みながらもその距離を嘆いた。
承太郎が救命具に手を伸ばすが、その勘も承太郎の下にはゆらゆらと黒い影が動いている。
「あの距離ならぼくにまかせろッ!『法皇の緑』っ!!」
花京院のスタンド範囲内に承太郎が入ったのか、承太郎が伸ばした手は救命具ではなく花京院のスタンドの手を握り、そのまま船へ勢いよく引き上げられた。
瞬間、承太郎が掴もうとしていた救命具は謎の影によって粉々にされ、その威力を物語る。
「う…うう……」
「き、きえたぞッ!」
「『スタンド』だッ!今のは『スタンド』だッ!」
「海底の『スタンド』…このアヴドゥル…噂すらきいたことのない『スタンド』だ」
引き上げられた子供が苦しそうに息を整えているが、ジョセフ達は先ほど見えた新手のスタンドについて混乱しているようだった。
スタンドに詳しいアヴドゥルでさえ知らないスタンドに、彼らは一気に辺りを警戒しはじめる。
「この女の子。ま、まさか」
「…………………」
「今の『スタンド』の使い手か…?」
「…まさか、サメの海にジョジョをわざと誘い込んだか…………?」
先ほど引き上げられた子供が肩で息をしているのを見つめ、ジョセフたちは少し距離を置いて彼女を観察する。
その視線に気付いたのか、子供は立ちあがるとジョセフたちを睨み上げた。
「な…なんだッー!てめーら。寄ってたかって睨みつけやがって。何が何だかわからねーが、や…やる気かァ!」
ポケットからサバイバルナイフを取り出すと、ピシッとその刃を出し、承太郎たちへ向けてフラフラとその刃を見せ付ける。
「相手になったるッ!タイマンだぜッ!タイマンで来いッ、このビチクソがァ!」
その手付きはとてもナイフに慣れているものではなく、精一杯威嚇しているだけなのだろうと普段なら鼻で笑ってあしらっていただろう。
しかし、今は違う。
DIOを倒すためにエジプトへ向かっている自分たちに、彼の手下達が襲ってきているのだ。
こんな害の無さそうに見える子供が敵のスタンド使いでも、なんらおかしくはない。
ジョセフ達は、コソコソと子供に聞こえない程度の声で相談をする。
「とぼけてやがるぞ…もう一ペン海へ突き落とすか?」
「早まるな!本当にただの密航者ならサメに喰われるだけだ」
「しかし、この船の10名の船員の身元はすべてチェック済み。この少女以外に考えられん。なにか正体をつかむ方法はないものか?」
ジョセフの言葉に何かを考え、アヴドゥルがまず口を開いた。
「おい。DIOの野郎は元気か?」
「………?DIO?なんだそれはァ!」
「とぼけるんじゃねーこのガキッ!」
「この田吾作どもッ!おれと話がしてーのか、それとも刺されてーのかどっちだッ!アアー?」
ポルナレフの怒鳴りにも怯まず、子供は眉を吊り上げる。
アヴドゥルの言葉に「DIO?バイクの名かそれは」などと見当違いのことを言っていて、本当にDIOについて知らないように見える。
こちらをじっと見てくるアヴドゥルたちに、子供はまだ威嚇が足りないのかと舌を出してナイフを舐めるふりをした。
「この妖刀が、早えーとこ三百四十人めの血をすすりてぇって慟哭しているぜ」
「プッ!」
「な、なにがおかしい!このドサンピン!」
子供の言葉に、気を張っていた花京院がつい噴出してしまう。
笑われたことに酷く動揺したらしく、子供は少し顔を赤くして花京院へ暴言を吐いた。
そんな子供を見て、花京院はなんだか違うような気がすると眉を八の字に曲げる。
ジョセフもそう思ったらしいが、万が一のこともあると首をかしげた。
なまえはというと、そんな状況を横になりながら見て「(慟哭なんて言葉よく知っているなあ)」と感心していた。
気をそらしていないと口から何かが出てきそうでなまえは先程よりも顔が真っ青である。
「この女の子かね。密航者というのは…」
「!」
ジョセフたちがそんなことを話していると、突然、子供の背後から男の手が伸びる。
子供は驚いて振り返ろうとするが、ガッシリと肩を掴まれてしまい振り向けない。
子供を掴む男の顔を見て、ジョセフが「船長」と声を零した。
「わたしは…密航者には厳しいタチだ…。女の子とはいえ、なめられると限度無く密航者がやってくる………」
子供の腕を強く握りしめ、子供が持っていたナイフを甲板へ落とさせる。
承太郎はやれやれといった風にタバコへ火をつけ、解決したなと目を瞑った。
「港につくまで下の船室に軟禁させてもらうよ」
「ひいい…………」
子供といえど、密航者。
確かに船長の言う通り、これを見逃してしまえば次から次へと同じような密航者が現れてしまう。
それが船のルールなのだろう、と船についてよくわからないなまえは甲板に落ちたナイフを見つめた。
「船長…おききしたいのですが、船員10名の身元は確かなものでしょうな」
「間違いありませんよ。全員が10年以上この船に乗っているベテランばかりです。どうしてそんなに神経質にこだわるのかわかりませんけれども…」
と、ジョセフの質問に答えた瞬間。
「ところで!」
と、承太郎がくわえていたタバコを、素早いスピードで船長が奪い取った。
承太郎は、ただ驚くことなく黙ってそんな船長の言葉を待つ。
「甲板での喫煙はご遠慮願おう…君は、この灰や吸殻をどうする気だったんだね。この美しい海に捨てるつもりだったのかね?君はお客様だが、この船のルールには従ってもらうよ。未成年くん」
そう言うと、船長は承太郎から奪ったタバコの火を帽子についているバッジに押し付け、消火する。
その様子にジョセフ達は冷や汗をかいて承太郎たちを見つめるが、承太郎の雰囲気が変わるのも気にせず船長は「わかったね」とその吸殻を承太郎のポケットへと捨てた。
「(うわあ……………)」
なまえは船長のその行動を見て、顔を余計に真っ青にする。
タバコですらあんなに怒られるのだから、自分が吐いたら海にでも投げ捨てられてしまうのではないかと口元に手を持っていく。
クルリと承太郎へ背を向けた船長。
その手はしっかりと子供を捕まえていて、子供も船長の迫力に大人しくするほかなかった。
「待ちな」
そんな船長の背中に、承太郎は声をかける。
「口で言うだけで素直に消すんだよ…大物ぶってカッコつけてんじゃねぇこのタコ!」
「おい承太郎!船長に対して無礼はやめろッ!おまえが悪い!」
「フン!承知の上の無礼だぜ。こいつは船長じゃあねぇ。今わかった!スタンド使いはこいつだ」
承太郎の暴言にジョセフが慌てて怒鳴るが、承太郎は開き直ったかのように堂々と船長の正体について言い放った。
その言葉にジョセフは勿論、その会話をきいていた花京院やなまえまでもが驚いたように船長を見る。
アヴドゥルも知らない、未知のスタンド使い。
承太郎は真っ直ぐ船長を睨み、その視線に揺らぎは無かった。