なまえたちはジョセフが手配した船に乗り込み、シンガポールに到着するまでを海上でのんびりと過ごしていた。
花京院と承太郎は甲板でデッキチェアに腰掛け読書をしたり空を眺めたりしていたが、なまえはそのデッキチェアに横になって顔色を悪くしている。

「そういえばお前さん、船は苦手じゃったな……」

「船酔いとはな。面倒な奴だぜ」

「ううう……今は話しかけないで…」

大型とはいえ、船は船。
小型の船よりは揺れが少なく酔いにくいものの、なまえは顔を真っ青にして遠くまで広がる海を眺めていた。
ジョセフと承太郎の言葉にも背を向け、ただ静かに横になる。
花京院は本から目を離してなまえをチラリと見て何か声をかけようとしたが、話しかけないでという言葉を思い出し再び本を読み始めた。

「しかしおまえらな…その、学生服はなんとかならんのか〜!そのカッコーで旅を続けるのか。なまえはまだいいものの、クソ暑くないの?」

「ぼくらは学生でして……ガクセーはガクセーらしくですよ。という理由はこじつけか」

「フン」

上着を脱いで暑そうにしているジョセフが、呆れたように承太郎たちへ疑問を口にする。
なまえもそのクラスメイトである二人も学生服のままであったが、なまえは上にセーターを着ていて、下は丈が膝上のスカート。この暑さでも十分見ていられる服装であったが、他の二人は違った。
分厚く重たい長ランを羽織り、承太郎に至っては厳つい帽子までかぶっている。
見ているこっちが暑くなりそうだ、とジョセフは手で軽く自分の顔を扇いだ。

「はなせ、はなしやがれこのボンクラが〜ッ!」

「………………?」

そう会話をしていると、ジョセフ達の耳に子供の怒鳴り声が聞こえてくる。
これからのことを話していたらしいポルナレフとアヴドゥルも、何かあったのかとそちらへ顔を出した。
なまえはその声が気になったものの、あまり船が得意ではないので横になったまま目だけでそちらを見る。
すると、1人の子供が乗組員に両腕を捕まれ暴れているようだった。

「ちくしょうはなせッ!はなしやがれ〜!」

「しずかにしろッ!ふてェ〜ガキだッ!」

「おい…どうした!?わしらの他には乗客は乗せない約束だぞ」

そんな光景に、ジョセフは驚いたあと焦ったように乗組員へ話しかける。
乗組員はジョセフを振り向き、しかし子供のことはしっかりと掴まえたまま状況を説明した。

「すみません…密航です。このガキ、下の船倉に隠れてやがったんです」

「密航?」

「海上警察に突き出してやる!」

「え?警察?」

今まで散々口汚い言葉を喚き散らしていた子供であったが、警察という単語に反応し、暴れるのもやめて大人しくなる。

「お…お願いだ。み…見逃してくれよー。シンガポールにいる父ちゃんに会いに行くだけなんだ。なんでも仕事するよ。コキ使ってくれよ〜」

「どーしよーかなあ。見逃してやろーかなー。どーしよーかな。どーしょーか・な」

急に大人しくなり、下手に出た子供に気を良くしたのか、乗組員は子供の頬を引っ張ったり耳を引っ張ったりして考えているような素振りを見せた。
見ていてあまり気のいいものではなかったが、密航は犯罪であるし船には船のルールがあるのだろう、となまえはぼんやりとそんな様子を見つめる。

「やっぱりだめだね!ヤーだよッ!」

「…………………」

乗組員がそう言って額を指でドン、と突くと、子供は涙目になりながらも乗組員の腕に思いっきり噛み付いた。
突然の痛みに乗組員は情けない声を出し、子供を離してしまう。
子供はそのまま勢いよく海へと飛び込んでしまった。

「おほ〜っ、飛び込んだぞ…元気いーっ」

「陸まで泳ぐ気だ」

「どうする…?」

ポルナレフが冷やかすように言葉を出し、花京院が冷静に状況を判断する。
ジョセフは子供が飛び込んだ海を見下ろしながら、どうしたものかと疑問を口にした。

「けっ、ほっときな。泳ぎに自信があるから飛び込んだんだろーよ」

「ま…まずいっスよ、この辺はサメが集まっている海域なんだ」

放っておけと突き放す承太郎の言葉も聞かず、乗組員は慌てたように海を見下ろす。
子供にあんなことを言ったものの、命の心配はしているようだった。
そんなことを言っていると、泳ぐ子供の下でユラリと影が蠢く。
それを見たジョセフとポルナレフが焦ったように身を乗り出した。

「おい小僧!もどれーッ!」

「戻るんだ!危険だッ!サメだぞォ、サメがいるぞォ!」

そんな声が聞こえたのか、サメの背びれがヌパーと海面に浮き上がる。
それに気付いた子供は驚いたあと、恐怖にその表情を固くした。
その間も物凄いスピードでサメの尾びれは子供に迫り、そして。

「おらおらおらーッ!!」

承太郎のスタンドが、海中からサメを思いっきり殴り、サメはその白い肌を空へ見せた。
ジョセフたちにはスタンドが見えているものの、子供には見えていないようで何が起こったのかわからず疑問符を浮かべる。
その背後から手が伸び、承太郎は「やれやれだくそガキ」と悪態をつきながら船へ引き上げようとした。
しかしその下で、サメではない"何か"の影がユラリと蠢く。
それは海の中でも不自由なく自由自在に動いており、必死に泳ぐ承太郎たちをあざ笑うかのように揺れた。


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