そしてなまえたちは、エジプトへ向かう飛行機へと警戒しながら乗り込んだ。
飛行機に乗る最後の最後までなまえはジョセフと共に飛行機に乗ることを躊躇っていたが、ここまで来て乗らないというわけにもいかないので嫌々ながらも搭乗する。
時刻は夜中になっており、なまえを含めた5人は軽く眠りについていた。

「…………………」

なまえは、夢を見ていた。
暗い。うるさい。熱い。怖い。寒い。冷たい。腕が痛い。足も痛い。どこが痛いのかもわからない。
ただただ、なまえは恐怖していた。
"死ぬ"という事実―――それだけが、なまえの夢を支配する。


「        」



なまえは、何かを叫んだ。
自分の気持ちだったかもしれないし、誰かの名前だったかもしれない。
もしかしたらただ叫んだだけかもしれないし、本当は叫んでなどいないのかもしれない。
それでもなまえは泣いていた。
わけもわからず、眠る前の赤子のように泣いていた。
だけれど、それをみっともないと叱る大人も側にはいない。
誰もいない。
なまえは1人だった。
そこに、なまえは1人だった。

「……………………?」

ふと、なまえの意識が浮上する。
目を開けたところで、まだ夜なので機内は暗い。
しかし、前に座っていたはずの4人が立ち上がっていることに気付いて、もう1度目を閉じようとしていたなまえは弾かれたように身を乗り出した。

「一体何が…っ!?」

そう立ち上がってみれば、ギリギリと歯を噛み締めている承太郎の口から血が溢れている。
そのことに気付き、なまえは言葉を途中で止めた。
状況を理解するように視線を承太郎から動かせば、承太郎のスタンドであるスタープラチナが何かを口にくわえていて。

「歯で悪霊クワガタの口針を止めたのはいいが、承太郎のスタンドの舌を食いちぎろうとした。こいつは…やはりヤツだ!…タロットでの『塔のカード』!…破壊と災害…そして旅の中止の暗示をもつスタンド…『灰の塔タワーオブグレー』!」

「(スタンド…!!)」

先ほどの声でなまえが目を覚ましたことをジョセフ達は知ったが、危機的状況にある今、一から説明している時間はない。
それになまえはアヴドゥルの言葉である程度を理解していた。
承太郎の舌を食いちぎろうとしたスタンドは敵であり―――今、その敵に自分達は苦戦しているということ。

「噂にはきいていたスタンドだが、こいつがDIOの仲間になっていたのか!『灰の塔タワーオブグレー』は事故に見せかけて大量殺戮をする『スタンド』!たとえば飛行機事故!列車事故!ビル火災など、こいつにとってはお手のもの。いや!すでに昨年のイギリスでの三百人を失った飛行機墜落はこいつの仕業といわれている。DIOの命令か!」

承太郎が一瞬の隙をついてタワーオブグレーを引き離し、自身のスタンドで殴りぬける。
その殴りのラッシュを目視で避けるのは不可能だと、その場にいた全員がそう思っていた。
―――しかし。

「か…かわされた……片手ではない…両手でのスピードラッシュまでもかわされた…」

「クク…たとえここから一センチメートルの距離より10丁の銃から弾丸を撃ったとして…弾丸はおれのスタンドには触れることさえできん!もっとも、弾丸でスタンドは殺せぬがな」

ジョセフたちは、冷や汗をかきながらも眠りについている乗客たちをぐるりと見渡す。
スタンドが素早いとはいえ、本体にスタープラチナの攻撃を避けられるわけがない。
本体さえ――そいつさえわかれば。

「ぬ!」

瞬間、またタワーオブグレーの姿は見えなくなる。
どこにいる、となまえを含めた5人は必死に辺りを見渡すが、スタープラチナでも目視できなかったのだ。なまえたちの視力で見えるわけがない。
そして、不気味な羽音を機内に響かせながらタワーオブグレーは姿を現す。
少し離れた――――見知らぬ乗客の頭上に。
5人の脳内に、同じ嫌な予感が過ぎる。
そして、

「っ――――!!」

ボコオオオッ、と、凄まじいスピードでタワーオブグレーは通り抜けて行った。
見知らぬ乗客の、舌を引きちぎりながら。

「ビンゴォ!舌をひきちぎった!そしておれの目的は…」

乗客の血で『皆殺し』と書かれたそれを、青ざめた顔で彼らは見つめた。

「や…やりやがった!焼き殺してくれるッ『魔術師の赤マジシャンズレッド』!」

「まて!待つんだアヴドゥル!」

「うーんムニャムニャ。なんか騒々しいのォ。なに事かな」

アヴドゥル達が立って居たすぐそばで眠っていた老人が、騒ぎのせいで目覚めてしまったらしい。
しかしまだ寝ぼけているのか、辺りの状況を理解している様子は無い。
このまま騒いでくれなければいいのだけど、となまえたち5人はひっそりと息を潜めた。

「ウ〜ン…トイレでもいくかの」

立ち上がり、トイレへと歩き出す老人。
瞬間機内が軽く揺れ、足をよろめかせた老人が壁へと手をつく。
ベチャリ、と老人の手に血がついた音が不気味に響いて。
最悪の想定が現実となりかけ、サアアッ、とジョセフたちの血の気が引いた。
同時、老人も自分の手に何がついたのかを気付き―――声を震わせる。

「ひ…血…血か、ちィ〜!」

「あて身」

ドスッというにぶい音と共に、なまえの前に立って居た花京院がいつの間にか老人の背後に回り、首に手を勢い良くぶつけ、老人の気を失わせた。

「他の乗客が気付いてパニックを起こす前にヤツをたおせねばなりません。アヴドゥルさん。あなたの炎のスタンドはこの飛行機までも爆発させかねないし、JOJO…君のパワーも機体壁に穴でもあけたりしたら大惨事だ!」

確かにその通りだ、とアヴドゥルと承太郎は肩の力を抜く。
なまえのスタンドは攻撃が出来るスタンドではない。ジョセフのスタンドも、射程距離はあるが拘束力や攻撃力はタワーオブグレーの力に負け、すぐに逃げられてしまうだろう。
そうなると、残るはただ1人。

「ここはわたしの静なるスタンド。『法皇の緑ハイエロファントグリーン』こそヤツを始末するのにふさわしい」

「クク。花京院典明か。DIO様からきいてよーく知っているよ。やめろ……自分のスタンドが『静』と知っているならおれには挑むまい…きさまのスピードではおれをとらえることはできん!!」

「そうかな」

ズアッ、と花京院が静かに動き出す。

「エメラルドスプラッシュ!!」

大量の"破壊のビジョン"がタワーオブグレーへと降り注ぐ。
しかし―――それすらも、タワーオブグレーは容易く避けてみせた。

「まずい!やはり、あのスピードにかわされたッ!!」

「なまえ!お前さんのスタンドでどうにか出来んか!?」

「無茶言わないで…!」

スタープラチナの動体視力でもタワーオブグレーの姿を追うことは出来なかったのだ。人並みの動体視力しか持たないなまえに何かすることは出来ない。
その間にも、タワーオブグレーの口針は花京院のスタンドへと襲い掛かった。

「か…花京院!」

「ファハハハハハハ!おまえなあ、数撃ちゃ当たるという発想だろーとちっともあたらんぞ!スピードが違うんだよスピードが!…ビンゴにゃあのろすぎるゥゥゥゥゥ」

先ほどの口針での攻撃は、スタープラチナのパワーがあったからこそ寸でのところで止められたものであり、パワー型ではない花京院のスタンドはモロに攻撃をくらい、機内の床へと這い蹲る形になる。
勿論本体の花京院もそうであり、宙に浮くタワーオブグレーを見上げる形になった。

「そして花京院!この攻撃でこんどはきさまのスタンドの舌にこの「塔針タワーニードル」を突き刺してひきちぎる」

「エメラルドスプラッシュ!」

「わからぬかハハハハハハハハーッ!!おれに舌をひきちぎられると、くるいもだえるンだぞッ!苦しみでなァ!」

エメラルドスプラッシュは先程よりもスピードが増しており―――しかし、先ほどと同じようにタワーオブグレーはそれらの攻撃を全て避けている。
それでも、花京院の表情に焦りの色はなかった。

「なに?引き千切られるとくるい悶える?」

花京院に、タワーオブグレーの口針が鋭く伸びてくる。

「わたしの『法皇の緑ハイエロファントグリーン』は…」

瞬間、機内のあちこちからハイエロファントグリーンの触脚が伸び、宙に浮くタワーオブグレーを突き刺した。
そのスピードは素早く―――しかしそれだけではない。
どこに避けようとその先に触角が来るよう配置されたそれは、既に逃げ場はどこにもないことを示していた。

「な、なにィィィ!」

「"引き千切ると、くるいもだえるのだ"。喜びでな!」

その間にも、ハイエロファントグリーンの触脚はタワーオブグレーを締め上げ、突き刺し、再起不能になるまで攻撃の手を緩めない。

「すでにシートの中や下に法皇ハイエロファントの触脚がのびていた。エメラルドスプラッシュでその空域エリアに追い込んでいたことに気が付かないのか」

そう言いながら、花京院は静かに立ち上がった。
瞬間、先ほど花京院が気絶させたはずの老人が叫び声をあげる。
その舌にはクワガタムシのようなマークがあり、なまえたちはまさか、と老人へ視線を送った。
少し遅れて、タワーオブグレーのように老人の身体中から血が噴き出す。

「さっきのじじいが本体だったのか。フン、おぞましいスタンドにはおぞましい本体がついているものよ」


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -