「ねぇ、ジョセフ。本当に飛行機に乗るの?」
「何回もそうだと言ったはずじゃ」
「ジョセフと、私が同じ便に?」
「なんで違う便に乗らなくてはならん」
玄関の前でアヴドゥルがまわしてくる車を待ちながら、なまえは物凄く心配そうにジョセフへと何回も同じ質問をしていた。
車を待っている間が暇なのか、ジョセフは呆れながらもなまえの質問へ返事を返している。
しかしそろそろ限界が来たらしく、ジョセフは盛大に溜息をついてなまえを見下ろした。
「まったく、一体なんだというんじゃ。なまえが飛行機に乗るのが苦手だんてわしは知らんぞ」
「いや、そうじゃなくてね、」
「ジョースターさん!準備が出来ましたよ!」
「おおアヴドゥル。ご苦労じゃったな」
「あ、ちょ」
車が勢い良く玄関先に停まり、開いた窓からアヴドゥルがジョセフを呼ぶ。
なまえの言葉が途中だったにも関わらず、ジョセフは足早に車へと駆け寄ってしまった。
唖然としているなまえの後ろから、いつの間にいたのか花京院と承太郎がなまえを追い越し車へ近寄っていく。
承太郎が先に車の後ろへ乗り、花京院が乗ろうとしてなまえを振り返った。
「名字さん。乗らないのかい?」
「え、あー…の、乗るよ。うん。乗る乗る」
花京院に呼ばれ、なまえは慌てて車へと乗り込む。
なまえ達はこれから、エジプトへ行く飛行機に乗るため、空港へ向かおうとしていた。
ジョセフがなまえと話してくると言い、数十分後、何故かDIOを倒すための旅になまえも同行することになっていたのだ。
驚き、危険だからと反対した花京院と承太郎をなだめるようにジョセフは「日本に1人で残したほうが危険だ」と言って聞かなかった。
承太郎や花京院がなまえは納得しているのかと訊くが、なまえはただ一度首を縦に振るだけで「準備をしてくる」と言ってスピードワゴン財団の人間と違う部屋に入ってしまったのである。
渋々といった形でなまえの同行を許した承太郎たちであったが、未だ納得していない様子の承太郎はなまえの隣で不機嫌そうに外を眺めていた。
「…………………」
体格の良い承太郎と背の高い花京院が並んで乗ってしまうと真ん中に座る花京院が狭くなってしまうので、なまえはしぶしぶ承太郎の隣へと座っていた。
承太郎は車内だというのに、というか未成年だというのにタバコを口にくわえている。
なまえはチラリとその様子を見たが、何も言わずにシートへ腰掛けた。
最後に花京院が乗り込み、空港までの道のりを知っているジョセフがハンドルを握った。
「……名字」
「何?」
「お前、本当に俺達とエジプトに行くのか」
承太郎に呼ばれたなまえは承太郎を見上げる。
承太郎はタバコを吸いながらなまえを見下ろしていたが、決してそれは足手まといを見るような視線ではなかった。
ジョセフはそんな承太郎をバックミラーで見ながら、もしかしてなまえのことを心配しているのだろうかと再び前へ視線を戻す。
「行くか行かないか、なまえに選択は出来ないだろうに。DIOに狙われとるんだ」
「………そうだったな」
なまえの代わりに答えたジョセフの言葉に、承太郎は頷いた。
口を開きかけていたなまえは数秒視線を動かしたあと、ゆっくりと口を閉ざす。
そしてふと、なまえは助手席に目をやった。
「あー…えっと、ジョセフ。私まだこの人紹介されてないんだけど…」
「アヴドゥルだ。あなたのことはジョースターさんからきいている。身の安全は保障出来ないが、出来るだけのことはしよう」
「あー………ありがとうございます」
アヴドゥルは笑みを浮かべていたが、なまえは気まずそうに笑みを零す。
「(まあ…そりゃあそうだよね)」
戦闘力も無いただの女子高生が、危険な旅について来るのだ。
スタンドが使えるとはいえ足手まといなことには変わりない。
ジョセフとの会話を思い出し、ここにいる全員がスタンド使いだということを再認識する。
次いで、隣に座るクラスメイトの空条承太郎が友人であるジョセフの孫だということを思い出し、未だに信じられないと前に座るジョセフの後姿をじっと見つめた。
そうしてぼんやりしていると、今まで静かに座っていた花京院が突然口を開いた。
「名字さん。そういえば、あなたのスタンドは一体どういうのなんだい?」
「え?」
「ああ。それは俺も気になってたところだ」
先ほどジョセフになまえがスタンド使いだと聞いてから気になっていたのだろう、花京院と承太郎は真ん中に居るなまえへと視線を送る。
両側から視線、しかも花京院も―――そしてどこか承太郎も笑みを浮かべていて、なまえは気まずそうに手に持っていた棒つきキャンディをくるりと回した。
「……………あれ?」
花京院が、なまえが手に持っているキャンディを見て首を傾げる。
そんなもの――――さっきまでは持っていなかったはずだ。
「!?」
承太郎が、驚いたように目を見開き、口に持っていった自分の手を勢いよく離す。
その手にはタバコが握られていたはずで、承太郎はそのタバコを吸おうと思っていたはずなのに。
その手に握られていたのは、なまえがいつの間にか手にもっていたキャンディであった。
「私のスタンドは『悪戯な遊戯』。私が指定した二つ以上のものの位置を入れ替えることが出来るスタンドだよ」
「なるほど…それで名字さんと彼の位置が入れ替わっていたように見えたのか。しかも承太郎の星の白金でも気付けなかったということは、スピードは関係なく瞬間移動のようなもの…」
「スタープラチナ?」
なまえの言葉通り、なまえの手には承太郎が先ほどまで持っていたタバコが握られている。
その灰が落ちる前に、なまえは再びキャンディとタバコをシャッフルした。
花京院がそんななまえの手元を見ながら考えを口にするが、なまえは花京院の口にした承太郎のスタンドについて首を傾げている。
「こいつが俺のスタンドだ」
「う、」わ!
突如、ぬっとなまえの目の前に出てきた承太郎のスタンドに、なまえは驚いたように花京院のほうへと後ずさってしまった。
花京院はそんななまえに驚いていたものの、苦笑いを浮かべながらなまえを優しく受け止める。
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
「突然出されたら驚くって…にしても、ジョセフとは違って人型なんだね」
「わたしもだよ」
「!!」
なまえは承太郎が出したスタンドに恐る恐る触れようと手を伸ばしていた。
しかしスタープラチナになまえの手が触れる前に、承太郎のスタンドとなまえの手の間に花京院のスタンドがスルリとと入り込む。
なまえは先程よりも驚いたのか、声も出さずに手を勢い良く引っ込めた。
「……………花京院」
「…………………」
「お前、楽しんでるだろ…」
なまえの後ろで顔を片手で覆って肩をプルプルと震わせている花京院を見て、承太郎は呆れたように言葉を零す。
「法皇の緑。それがわたしのスタンドだ」
そう説明する花京院の言葉は震えていて、口端もヒクヒクと痙攣している。
なまえの目の前には、なまえを興味津々に見つめるスタープラチナと、じぃっと視線を送っているハイエロファントが存在した。
スタンドなので車内の場所は取らないものの、なんだか圧迫感があるため承太郎たちはすぐにそのスタンドをしまう。
「……………………」
なまえは、別の意味でこの旅が嫌になってきた。