花京院典明は、パチリ、と何の前触れも無く目を覚ました。
肉の芽を除去してもらったあと、承太郎にやられた傷もあったためそのまま眠ってしまったのである。
しかし目を覚ましてみれば自分は布団の中で寝ていて、しかも学ランだけは脱がされていた。
起き上がり、布団から出て学ランへ腕を通すと部屋から出て行こうとする。
しかし立ち止まり、後ろを振り返って。

「……………………」

花京院が出て行く部屋の隅で、布団が綺麗に畳まれていた。

「……………?」

キョロキョロと広い敷地を歩き回るが、誰かの声が聞こえた気がしてそちらを振り返る。
承太郎たちがいるのはあちらか、と歩く速度を速めた。
その額には未だ包帯が巻かれているが、痛みは既に引いているらしい。
健康体そのものであるといった風に、花京院は足音を立てずに早足で歩いていく。

「ハエだ。空間にハエがとんでいたのか!まてよ…このハエはッ!」

アヴドゥルのそんな声のあとに、ドサッ、となにか重たいものが落ちる音。
パラパラとページをめくる音が聞こえ、本を取り出したのか、と花京院はそちらへ近付きながら状況を理解する。
ふと見てみれば、承太郎の母親が倒れていて、そんな彼女を取り囲むかのようにアヴドゥルたちは深刻そうな顔で本を見下ろしていた。
ナイル・ウェウェ・バエ。
エジプト・ナイル河流域にのみに生息するハエである。
とくに足にシマもようのあるものは、アスワン・ウェウェ・バエ。
アスワンハイダムの建設の影響でダム付近に異常発生し、人畜に被害を及ぼす。

「エジプト!やつはエジプトにいるッ!それもアスワン付近と限定されたぞ!!」

やつというのは恐らくDIOのことだろう―――と、花京院は室内へ一歩踏み出した。

「やはりエジプトか……いつ出発する?わたしも同行する」

「花京院」

本と母親に気を取られていたのか、承太郎たちは花京院が室内へ来たことに気付いていなかったらしい。
驚いたように振り返る承太郎たちに、花京院は冷静に言葉を続けた。

「わたしも脳に肉の芽をうめこまれたのは三ヶ月前!家族とエジプトナイルを旅行しているときDIOに出会った。ヤツはなぜかエジプトから動きたくないらしい」

「同行するだと?なぜ?おまえが?」

承太郎が、不思議そうに立ちあがる。
花京院はそんな承太郎の視線に、口を閉ざして承太郎と見詰め合う。
しかし承太郎の視線は疑っているというよりも、本当に疑問に思っているようなもので。
花京院はそんな承太郎の視線から目を逸らし、静かに笑みを零した。

「そこんところだが…なぜ…同行したくなったのかはわたしにもよくわからないんだがね…」

「ケッ」

「…………おまえのおかげで目がさめた。ただそれだけさ」

先日承太郎が言った言葉をそのまま返され、つまらないとでも言ったように承太郎は悪態をついた。
その後ボソリと花京院が呟いた言葉が、承太郎に届いたかはわからない。

「花京院。他に、DIOについてわかることはねぇのか?」

ホリィをアヴドゥルとジョセフが部屋に移動させるのを見送りながら、承太郎は隣に立つ花京院へと質問をする。
ジョセフや写真からの情報は少なく、未だにDIOについては謎に包まれたままだった。
花京院も承太郎と同じようにホリィを運ぶジョセフたちを見ていたが、彼らが部屋に入ったのを見てから静かに首を横に振る。

「……DIOについては何も。彼は恐らく、自分以外の誰も信用していない。そう簡単に自分のことについてはバラさないはずだ。ただ、もしかしたらわたしと同じようにDIOと接触をしたことがある人物が学校にいるかもしれない」

「学校に……?」

考えるようにしている花京院の口から出てきた第三者の存在に、承太郎は驚いたように花京院のほうへ顔ごと視線をうつした。
花京院も承太郎の方を向き、身長が高い承太郎を見上げる。

「わたしが承太郎と同じ学校に転校するとき、『仲間がもう1人いるから事はすんなり運ぶだろう』―――そう言った伝言を貰ったんだ。その紙はもう燃やしてしまって無いけれど…」

「…もう1人だと?」

「いえ…。でも、あれだけ暴れても手を貸しに来なかったところを見ると、その言葉が本当なのかは………」

「………どうした?花京院」

花京院の言葉に驚いていた承太郎だったが、花京院は途中で言葉を詰まらせた。
考えるように黙った花京院の瞳は動揺しているのか揺れている。

「まさか…『手を貸しに来なかった』のではなく、『来れなかった』……?」

「『来れなかった』、だと…?」

花京院は思考を脳内でまとめているのか、そう小さく呟いた。
早く結論を言えとでもいうように、花京院の焦りが承太郎にもうつる。
そんな承太郎を見上げ、花京院は信じられないとでもいうように口を開いた。

「わたしはただ…"1人でいるから"という理由で彼女を選んだんだ。その方が事が上手く運べると……」

「1人…?彼女……?花京院、テメェ一体何の話を―――」

「承太郎。あのとき―――わたしと君が戦ったとき、"戦えなかった"のは1人しかいないんだ」

花京院のその言葉に、承太郎も驚いたように目を見開く。
それを見て、承太郎も理解したか、と花京院は瞳から動揺を消して静かに頭を縦に振った。

「花京院。テメェが言いてぇことはわかるぜ。だが、それはない。それだけはねぇ……あいつはこの俺があの学校に入学したときからずっと、生徒として生活してるんだぜ?」

「だとしても、彼女がそうでないとは言い切れない…。DIOの肉の芽は君も見ただろう。もし彼女が"ついこの間"、DIOの仲間になったとしてもおかしくはない!」

花京院がそう言いきれば、承太郎には"そうでない"と言い切れる証拠がない。
確かにこうして既にDIOを裏切った花京院を見れば、DIOの肉の芽の洗脳能力は凄まじいものであるといえた。
承太郎は眉間に皺を寄せると、ジョセフたちが入って行った部屋とは逆方向に歩いて行く。

「承太郎!どこへ!?」

「……学校へ行くぞ花京院。あいつが―――名字がDIOの仲間がどうかは、直接本人に確かめればいい」

花京院は突然歩き出した承太郎に驚いたように声をかけるが、承太郎は歩く足を止めずに説明した。
そのまま進める足を止める気配のない承太郎を見、一度だけジョセフたちが入った部屋を振り返って。

「わたしも行きます」

駆け足で承太郎の後をついていくと、承太郎は一度だけ花京院を振り返り、学校へ行く足を進めた。


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