「さっきのはふいをくらってちょっと胸を傷付けただけだ」

背後でガラガラと瓦礫が転がる音を聞きながら、承太郎は歩き出す。

「ヤワな『スタンド』じゃなくてよかったが、しかし…ますます凶暴になっていく気がするぜ」

背後に出ているスタンドを見るが、牢屋に居たときと変わらずスタンドは何も言い返してこない。
まあいいかと前を向き、地面に横たわっているなまえへと近付きその場へしゃがんだ。

「あぶないところだった。手当てすれば名字は助かるか」

口から溢れ出た血は既に止まっているらしく、命に別状は無いらしい。
どうしたものかと辺りを見渡すが、遠くから聞こえる悲鳴にもうすぐ人がここにくるから大丈夫だろうと立ち上がった。

「こいつはDIOについて色々、喋ってもらわなくてはな…」

騒ぎが大きくなってきたので今日は学校をフケるか、と静かに呻き声を出している花京院を肩に担いで歩き出す。
身長が195cmもあるとはいえ、175cm程の身長の花京院を軽々と持ち上げられているのは"スタンド"のおかげともいえよう。
承太郎はそのままなまえを振り返ることなく保健室から出て行き、なまえは一人、保健室へ取り残された。

「……………………」

その後大破している保健室と傷を負ったなまえを見て驚きの声をあげる先生達を知らない承太郎は、生徒の誰にも見つかることなく自宅へと戻っていた。
途中人に会わないようスタープラチナに周りを監視させた甲斐もあり、承太郎は不審に思われることなく花京院を祖父であるジョセフ・ジョースターの元へと連れて来れたのである。
何かDIOについての情報を彼から得ようと、承太郎やジョセフが連れて来たアヴドゥルは畳の上に横たわる花京院を見下ろした。
しかし。

「だめだなこりゃあ」

と、ジョセフは悲しそうに眉を八の字に曲げた。

「手遅れじゃ。こいつはもう助からん。あと数日のうちに死ぬ」

その台詞に、承太郎は眉をピクリと動かす。
そんな承太郎に気付いたのか、慌ててジョセフが「おまえのせいではない」と言葉を続けた。

「見ろ…この男がなぜ、DIOに忠誠を誓い、おまえを殺しに来たのか…?理由が…ここにあるッ!」

ジョセフの手が、花京院の前髪を挙げ、その隠れていた額を露にする。
そこには、承太郎が見たことも無い物体が存在していた。

「なんだ?この動いているクモのような形をした肉片は?」

それは生きているかのようにヒクヒクと動き、気味の悪いものを承太郎は感じ取る。

「それはDIOの細胞からなる『肉の芽』。その少年の脳にまで達している…このちっぽけな『肉の芽』は、少年の精神に影響を与えるよう脳にうちこまれている!」

「つまり、この肉の芽はある気持ちを呼び起こすコントローラーなのじゃ!!」

気味悪がっている承太郎に説明するアヴドゥルに、ジョセフが続いた。
その間にも、肉の芽と呼ばれたそれはウジュルウジュルと気持ちの悪い音を出しながら小刻みに動いている。

「カリスマ!ヒトラーに従う兵隊のような気持ち!邪教の教祖にあこがれる信者のような気持ち!この少年はDIOにあこがれ、忠誠を誓ったのじゃ!!」

それによって花京院を支配し、承太郎を殺害しようとしたのだ、とジョセフは説明する。
その説明に「手術で摘出しろ」と言う承太郎は、今の説明で花京院の行動がDIOのせいであるということを理解したらしい。
しかし、ジョセフはその承太郎の提案を否定した。
脳はデリケートであり、摘出する際にキズをつけてしまうのだ―――それを聞き、アヴドゥルは4ヶ月前のことを思い出す。
エジプトのカイロでDIOに会い、みっともなく全力で逃げ出したあの夜のことを。
あそこで逃げ出していなければ今ここで横になっていたのは花京院ではなく自分だったかもしれない―――今思い出しても冷や汗が吹き出るほど、DIOの存在は絶対であった。

「そう…この少年のように、数年で脳を食い尽くされ死んでいただろうな」

ジョセフは、アヴドゥルの回想に同情する。
しかし、ジョセフの言葉に承太郎は首を傾げた。

「ちょいと待ちな。この花京院はまだ、死んじゃあいねーぜ!!」

ドキューン!、と承太郎の背後からスタンドが出現し、そのまま承太郎は寝ている花京院の顔を自分の手で固定する。
スタンドの手は花京院の額に埋め込まれた肉の芽へ伸び、ガッシリとそれを掴んだ。

「おれのスタンドでひっこぬいてやるッ!」

「承太郎ッ!」

「じじい!おれに!さわるなよ。こいつの脳にキズをつけずひっこぬくからな…おれのスタンドは一瞬のうちに弾丸をつかむほど正確な動きをする」

「やめろッ!その肉の芽は生きているのだ!なぜやつの肉の芽の一部が額の外へ出ているのかわからんのか!すぐれた外科医にも摘出できないわけがそこにある!」

しかし、承太郎はジョセフの言葉に耳を貸さない。
そのままスタンドは肉の芽を引っ張り、そうして出てきた触手の一本が、承太郎の左手を突き刺した。

「肉の芽が触手を出し、刺した!まずい、手を放せ!ジョジョ!」

「摘出しようとする者の脳に侵入しようとするのじゃ!」

二人の制止もきかず、承太郎は花京院の肉の芽にのみ意識を向ける。
ボコボコと承太郎の手へ潜り込んでくる肉の芽の触手の痛みに顔を歪めるものの、花京院の顔を固定している手を緩めようとはしない。
ふと、花京院の意識が戻り、目がパチッと開かれた。
そのまま、花京院と承太郎の目線が重なる。

「き…さ……ま」

「動くなよ花京院。しくじればテメーの脳はおだぶつだ」

必死に言葉を紡ぐが、承太郎の気迫と、自身の脳に何が起こっているのかを理解し、花京院は黙り込む。
触手は承太郎の顔まで這い上がってきたが、動揺するアヴドゥルとは対照的に、承太郎は震え一つ起こしていない。
そのままスタンドが花京院の頭から肉の芽を抜き、そして承太郎の中へ侵入していた触手も勢い良く抜き取り、引きちぎった。

波紋疾走オーバードライヴ!!」

そして、飛んできた肉の芽を、ジョセフが躊躇いもなく波紋で粉々にする。
DIOが吸血鬼ということから、自分の波紋が効くだろうと結論を出していたのだろう。
そんな一連の流れに驚いていた花京院に背を向け、承太郎は何も言わず部屋から出て行こうと足を進めた。

「な…」

自然と出ていた声に、花京院は少しだけ驚く。
しかし足を止めてこちらを振り返った承太郎に、そのまま疑問を口にした。

「なぜ、おまえは自分の命を危険に冒してまでわたしを助けた…?」

しかしその言葉を受け、承太郎はなんだそんなことかとでもいうように、花京院へ背を向ける。
花京院は不安そうにその背中を見上げていたが、すぐに返事が返ってきた。

「さあな…そこんとこだが、おれにもようわからん」

承太郎のその言葉に、花京院は口を閉ざす。
心に込み上げてくる不可思議な気持ちがわからず、自分の目頭が熱くなっていることにも気付かなかった。


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