(暗殺チーム)
一応アジトと呼ばれる箇所があるとはいえ、こうして全員が一堂に揃うことはかなり珍しい。
しかも全員がそこで食事をしているというのだから、彼らを知っている者たちからすると一体これから何が起こるのだろうかと警戒したことだろう。
しかし彼らを知っている者など皆無に近い。
だからこそ、彼らは"暗殺"という任を担っている。
「……てかリゾットは?」
食事中だと言うのに手元のパソコンをいじっていたメローネが重苦しい空気の中口を開く。
誰か個人に宛てた質問では無かったからか、視線もパソコンの画面に落としたままである。
「書類でも整理してんじゃねーのか?」
「書類なんて無いだろ?そういう類は残さないんだから」
「じゃああれだ、トイレだろ」
「さっき俺トイレ行ったけど誰もいなかった」
問いに答えたホルマジオの横には、何故か猫が入った瓶が置かれていた。
メローネはホルマジオの問いには納得せず、パソコンから視線をあげて向かいに座るホルマジオへ反論する。
ホルマジオがようやっと答えを導き出したが、それは軽く右手をあげたイルーゾォによって却下される。
「何してんだあいつは…」
はあ、と盛大なため息をついたのはプロシュート。
その隣に座っているペッシは辺りを見渡すが、リゾットの姿は無い。。
ギアッチョはひたすらパスタを口に突っ込んでおり、大して興味は無さそうだった。
「ソルベとジェラートは三日前からここにいるんだろ?何か知らないか?」
「いいや。数回廊下ですれ違っただけだ」
「部屋にずっといるみたいだ」
次に来る仕事の件で召集をかけられたというのに、肝心の本人がいないのではどうしようもないと二人に訊いたホルマジオは静かにため息をつく。
そのまま立ち上がり、手つかずの料理を余所に瓶を持って扉の方へ歩いて行った。
「どこ行くんだ?」
「リゾットを探しに行くんだよ。このままじゃギアッチョがパスタの食べすぎで爆発する」
「…『爆発』ってよお……」
「うわ始まった」
「おいペッシ、近くのものどかしとけ」
イルーゾォの問いにホルマジオが瓶を持っていない方の手を軽く振りながらそんな冗談を口にする。
その冗談についてギアッチョはなんとも思わなかったらしいが、『爆発』という単語が彼のセンサーに引っかかり、いつもの苛立ちを募らせていた。
しかし同じチームである彼らにとってそれは日常茶飯事ともいえるので、至極冷静に対処している。
そんなチームメンバーの会話を背に、ホルマジオは扉を開けた。
「ん?」
「あ」
バタン、とホルマジオの意思とは別に扉が勢いよく閉まる。
そのことに、何事かとメンバーはそちらを向いた。
「……何してんだホルマジオ」
「いや…今、なんか」
ギアッチョが隣でキレているというのにそちらを一切気にしていないイルーゾォは困惑した表情でこちらを振り返るホルマジオに首を傾げる。
ペッシはその両手にパスタの皿を持っていたが、プロシュートは手伝う気は無いとでもいうように涼しい顔でコーヒーを口にしていた。
「どうかしたかホルマジオ」
「うわビックリした急に出てくんなよ」
いつの間に扉が開いていたのか、後ろを振り返っていたホルマジオの前から声。
そちらに慌てて顔を戻してみれば、自分たちが行方を気にしていたリゾットがいつもの顔で立っていた。
「いいから席につけ。仕事の話を始める」
「待てよリゾット。何で遅れた?」
「色々あっただけだ。悪かったな」
リゾットはプロシュートの質問もサラリとかわすが、ホルマジオは何か納得いかなそうな表情でリゾットを見た。
席につけというわりに、リゾットは自分の後ろで閉まっている扉の前からどこうとはしない。
「なあ、リゾット…今廊下に女の子がいなかったか?」
「何言ってんのホルマジオ。幻覚見るほど飢えてんの?」
「変態野郎は黙ってろ」
メローネがからかうようにパソコンから視線をあげてケラケラ笑うが、ホルマジオは顔だけで後ろを振り返りそう反論する。
特にホルマジオが怖いというわけではないが、メローネもホルマジオの言葉が気になったようでそれ以上話を広げようとはしなかった。
「気のせいだ。この家には俺達しかいない」
「……じゃあリゾット。そこどいてくれねえか?」
「…………その必要は無いだろう」
その反応に、未だ何かにキレているギアッチョとそんなギアッチョに困惑するペッシ以外のメンバーが引っかかった。
しかしリゾットは彼らが引っかかっていることに気付いていないようで、やはり扉の前からどこうとはしない。
「どけリゾット。俺はトイレにいく」
「お前はトイレなど行かないだろ」
「アイドルか」
何やら楽しそうに口端をあげたプロシュートが席を立つ。
勿論本当にトイレに行きたいわけではなかったが、プロシュートはそのままホルマジオの横へ並んだ。
「おい…待て!」
ホルマジオとプロシュートは動いていない。
しかしリゾットは焦ったようにそう言い放つと、慌てたように自分の後ろにあった扉を勢いよく開いて外へ飛び出した。
既に、部屋の中にイルーゾォの姿は無い。
「………どういうことか説明してもらおうか」
「いや、これはだな」
場所は先ほどと同じ部屋。しかし誰も目の前のパスタの存在など気にしていない。
プロシュートの言葉に、リゾットは立ったまま困惑した表情を浮かべる。
そんな表情を浮かべるリゾットは珍しいので、メローネとペッシは目を見合わせた。
「別に自分の家に女を連れ込もうが何しようが勝手だが…ここは一応アジトだぞ?わかってんのかリゾット」
「いや…連れ込んだというわけでは」
「じゃあ何だよ」
「……………拾った」
「はあ!?」
プロシュートとホルマジオが詰め寄るなか、リゾットは目を泳がせて静かに口を開く。
「その話もいいけどギアッチョをどうにかしてよ。あの子とひたすら睨みあってるんだけど」
「うわ顔怖っ」
イルーゾォもまた、困り果てたようにホルマジオたちへ助けを求める。
その後ろでソファに座りながら、ギアッチョと一人の少女が睨みあっていた。
そう――――少女。
名を名字なまえという少女は、学生、しかも日本人である。
先程扉を開けてホルマジオと対面したのも。リゾットが隠そうとしたのも、なまえである。
鏡を使って移動したイルーゾォが玄関から外へ出ようとしていたなまえを捕まえたのがこの睨みあい―――本題はリゾットへの追求であるが―――開始の原因だった。
「拾ったってリゾット。そういう趣味があったの?」
「そういう趣味とは?」
「えっと、」
「説明するなメローネ」
第三者として遠くから見守ることに決めたメローネはパソコンを開いてはいるものの、なまえをじっと観察するだけでパソコンをいじろうとはしていないようだった。
「……スタンド使いなのか?」
「てめぇ何しやがる!」
「ギアッチョ落ち着け!」
プロシュートの疑問に答えようとリゾットが口を開きかけたが、ギアッチョの怒鳴り声とそれを制するイルーゾォの声に全員がそちらへ向く。
すると先程まで座っていたギアッチョは立ちあがってなまえを今にも殴りかからんとばかりに怒っていて、イルーゾォはそれをなだめようと二人の間に立っていた。
ソルベとジェラートはなまえへの飲み物でも用意していたのか、キッチンから少し顔を出して様子を窺っている。
「どうかしたのギアッチョ」
「どうしたもこうしたもねえ。こいつ、眼鏡に指紋つけやがった!」
「悪質だな……」
ギアッチョが珍しく眼鏡を外し、どこから取り出したのか眼鏡拭きで丁寧にレンズを拭いていた。
ホルマジオは内心「そんなことか」と呆れていたが、火に油を注がないよう適当にギアッチョへ同意する。
「そもそも拾ったとかわけわかんねーし、イタリア語通じるのかこいつ」
「通じるよ」
「うわ喋った」
拭き終わった眼鏡を再び装着しながら、ギアッチョがなまえをじっと見下ろす。
そんなギアッチョをじっと見上げていたなまえは、今まで閉じていた口を何のためらいも無く開いた。
そんななまえにイルーゾォが驚くが、なまえは特に気にしていない。
「馬鹿みてぇなツラしてんのに」
「露伴先生にかかればこれくらいどうってことないよ」
「露伴先生?」
プロシュートの悪口に、なまえは何故か満足気な表情で応える。
「で、念願のイタリア旅行にきたけど持ち物全部盗まれて途方に暮れてたらリゾットが拾ってくれたの」
「『拾ってくれたの』じゃねえよなんだこいつ」
「リゾット、元いた場所に返してきなさい」
「捨て猫と一緒にするな」
説明を求めたと言うのになまえの説明をプロシュートは一蹴する。
ホルマジオがリゾットに得体のしれないなまえと関わるのはごめんだとばかりにそう言うが、左手に野良猫が入った瓶を持っているホルマジオに言われても説得力が無かった。
「……わかった。アジトではなく自宅に連れて帰る。それなら俺のプライベートだ。文句は無いだろ」
「もうおれたちの名前も顔もわれてんだから余計に目の届かない場所に置くのはあれじゃない?」
「あれってどれ?」
「マンモーニはパスタでも食べてて」
メローネが発言権を貰うとでもいうように片手を挙げながらリゾットの提案に反論する。
そのメローネの言葉にペッシが軽く引っかかっていたが、メローネは適当にあしらって話を元に戻した。
「しかしお前のスタンドでは」
「ここに置けばいい」
「紅茶飲むか?」
飲み物とお菓子の用意が出来たらしいジェラートが口を挟む。
ソルベはなまえに紅茶かコーヒーを差し出していて、なまえはソルベに言われた紅茶を飲むことにした。
つづかない