「あー、ちょっとすいません」

「?」

トイレへ入った帰りに、なまえの後ろから声がかかる。
その低い声に振り返ってみれば、包帯を顔に巻いた女子生徒がそこにいた。
最初はその声に女子だとは思っていなかったのだが、その腕で支えるには大きな胸とはいているスカートに、女子生徒だろうと判断する。

「ここらへんで天井にぶら下がってる女の子見なかったですかねー」

なんだか気だるそうに訊いてくる女子生徒は、どうやら誰かを探しているようだった。

「天井………」

そう呟き、上を見てみるがそこには勿論誰もいない。

「ごめん。見てないや。天井なんて、寝るときくらいしか見ないから」

「あー、いや、まあ大抵の人間はそうですよね。ま、見てないならいいんで」

そう言って大して残念がる素振りも見せず、女子生徒はなまえへ背中を向けて歩き出した。
ここは二年生の階なので、用はそれだけなのだろうとなまえもその女子生徒を見送ることなく教室へ戻る道を歩き出す。

「ああ―――"名字先輩"」

そう、名乗ってもいないなまえの名前を少女は呼んだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
「8つ目のサイコロはどうしたんですか?」

「…………………………」

既に足を止めていた少女を、なまえは振り返る。
その包帯の隙間から見える目と、端のあがった口は楽しそうになまえの反応を待っていた。

「……8個は多いと思って」

その返事に、少女は何も言わない。
なまえはどうしたものかと時計を気にするが、彼女は次の授業についてなんの心配もしていないらしかった。
胸の下で腕を組んだまま、その不気味な目線でなまえを威圧する。

「"前任"はあんたの異常性を見抜けなかった。それこそがあんたの異常性なのかもしれないが、俺は見抜きますよ」

「ええっと…」

何かなまえの知らないところで対抗心を燃やしているらしく、えらく好戦的に彼女は笑う。
対応に困ったようになまえは少女から目線を逸らした。

「何か言いたいことがありますか?名字先輩」

「うーん………」

しばし考える。
この少女は何者か。何を自分に求めているのか。どうしてサイコロのことを知っていたのか。
なまえはしばらく頭を悩ませてから、ゆっくりと口を開いた。

「その包帯、夏場とか蒸れたりしないの?」

「きちんと通気性のいいものを選んで……って」

そこで初めて、少女の組んでいた腕が解かれる。

「そうじゃねぇだろ!」

「わあ…ノリツッコミって初めて見た」

しかもアクション付きで。

「猫美ちゃんのもまだ見たこと無いのに…」

「鍋島猫美、ね…随分とまあ、ジュウサンのくせに交友関係が多いこった」

そう言って少女はなまえから視線を逸らしたが、何かなまえが反応するかとこちらを伺うようにチラチラと目線だけを向けてくる。
どうしたのかと首を傾げるなまえに、少女は痺れを切らしたように口を開いた。

「どうして俺が鍋島猫美のことを知ってるか、気にならないんですか?」

「え。いや、だって私の名前も知ってたくらいだから猫美ちゃんのことは知ってるだろうと思って」

「まあ確かにあの人は卑怯者として有名だが……」

卑怯者、という単語になまえは多少引っかかったものの、呆れたように組んでいた腕を後頭部へやる少女を見つめる。
ここでチャイムが鳴ったとしても二年であるなまえはクラスがすぐそこなので間に合うが、少女は大丈夫なのだろうかと相変わらずそのことを考えながら。

「自分が有名なこと、自覚しておいた方がいいと思うがな」

「有名………?」

「十三組が普通クラスの人間と同じだなんていう都合のいい考えを持ってるなら、捨てるべきだ」

既に、敬語は無くなっていた。
きっと彼女はこちらが素なのだろう、とその不気味な笑みをなまえはじっと見つめる。

「それは、あなたも?」

「いいや。残念ながら俺は十三組なんて"異常"なクラスには在籍してない。天才ばかりの十一組さ」

「…………………」

「そんな嘘つきを見るような目で見るなよ恥ずかしいだろ」

しかしそんな視線も慣れているといったように、冗談でその視線をかわしていた。

「確かに俺は運動能力が低い。だけど、まあ、十二組ならまだしも、十一組みたいな特別体育科は何も運動に特化してなくたって在籍出来るのさ」

「えーっと…体操着に着替えるのが早い、とか?」

「体操着は着ねぇよ」

万年見学者だ、と胸を張って少女は言う。

「授業はちゃんと受けなくちゃダメだよ」

「仮病なんだから仕方無いだろ」

「なんだ。てっきりそのナイフが刺さるからかと」

「もう刺さってるよ」

そう言って、少女は頭から短剣を抜いた。
しかし不思議と血が出ることはなく、しばらくその短剣を持っていたかと思うと、再び何事も無かったかのように元の場所へと突き刺す。
その際も血液が出るようなことは無かったため、マジックか何かだろうかとなまえは不思議そうにそこを見ていた。

「話に聞いてたから覚悟してたけど、あんたも結構ネジぶっ飛んでんな」

「いや…頭にナイフ刺さってる人に言われても……」

そんななまえの反応を見れば、やはりな、と言った風に少女の顔から笑みが消える。

「なあ…あんたはどこまで知ってるんだ?"名字先輩"」

そう、他人行儀に少女はなまえの名を呼んだ。

「俺があんたのことを知っているっていう事実にも、『話に聞いた』っていう言葉にも引っかからない。それは、何で俺が知っていて、誰に俺が聞いているのかを知ってるからだろ?」

「…?猫美ちゃんにじゃないの?」

「俺はあんたほど交友関係は無いんだよ。まあ…授業も始まるし、ちょっかいかけるのはこれくらいにしとくぜ」

「天井の子、見つかるといいね」

「古賀ちゃんなら、ずっとあんたの頭上に居たよ」

「っ!?」

なまえは少女の言葉に驚いて天井を見上げるが、そこには綺麗な天井があるだけ。
人の気配も、ずっとあの少女のものしか無かった。

「……………………」

視線を元に戻してみれば、そこには既に少女の姿は無い。
ただのハッタリだったらしく、そのハッタリに引っかかったなまえは授業開始のチャイムが鳴るまでの数秒間、ただボウッとそこに立って居た。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -