帰宅しようと玄関へ足を進めていたなまえは驚いたように足を止めた。
二年十三組の教室から一番近い階段を降りようとしただが、そこの廊下で。
「……………………」
誰かが寝袋に入って寝ていた。
あまりの光景に、なまえは数分間じぃっと立ったままその寝袋を見つめていた。
しかし、彼女が動く気配は無い。
そう。彼女。
アイマスクをし、髪を高い位置で二つに結んでいる彼女は、廊下のど真ん中にある寝袋に入ってぐっすりと眠っていた。
「(………起こさない方がいいかな)」
そう思い、なまえは抜き足差し足で彼女の寝袋を避ける。
そうしてゆっくりと彼女の横を抜け、しばらく歩いた後で振り返って。
「……………………」
寝袋は寝心地が良いのかを考えながら彼女をしばらく見つめていた。
しかしこの光景を誰かに見られでもしたら不審がられるだろう、となまえは寝ている少女から目を逸らして玄関へと歩き出す。
既に角を曲がり、部活動に励む生徒の声を窓越しに聞きながらなまえは歩いていたが、再び足を止めた。
廊下にはなまえ以外誰もいない。
しかし、なまえが足を止めた次の瞬間。
「つかまえ―――ってうわぁ!?」
ドシーン、という大きな音と共に、なまえの目の前で土ぼこりが舞う。
ここは廊下なので土などは無いが、そう揶揄するくらいに彼は勢いよく地面へとぶつかったのだ。
「いてててて……」
「あのー…大丈夫ですか?」
なまえは埃が消え去ったそこで、"彼"を観察する。
着ている服はこの箱庭学園の制服では無く、しかしその少し幼い顔立ちに1年生だろうかと首を傾げて。
痛みに顔を歪めている彼と、目があった。
「な、なんで僕がここで待ち伏せてるって…!?」
「え……いや、その帽子、見えてたから…」
「なんてことだ!こいつは一杯食わされましたね」
「いや私ご飯も何も持ってないんだけど……」
「よいしょっと」
その帽子、と指差したコック帽を彼は驚いたように触り、彼の言葉に対するなまえの疑問も無視して立ち上がる。
幼い顔立ちに反し、その身長はなまえよりも高いもので。
今度は彼を見上げる形になったなまえだったが、気にすることなく彼を見上げた。
「十三組が珍しく登校してきているという噂を聞いたものですから待ち伏せてたんですけど、なるほど流石。僕が狩れないだなんて」
「狩っ……」
「あ、僕、飯塚食人って言います。一年十二組の。十三組ってやっぱり得体の知れない液体とか飲んでるんですかね?」
「今日のお昼ご飯はボンドだったよ」
「十三組こえぇ!!」
なまえの冗談をまともに受け、飯塚食人はなまえから一歩距離を取る。
その手には人一人くらいなら容易に入るだろう網を持っていて、狩るという言葉はあながち嘘ではなかったのだとなまえは冷や汗をかいた。
「でも、どうして私を?」
「まあさっきも言った通り珍しい十三組を一目見たかったわけなんですが…僕、料理に興味があって」
「まあ…そうだろうね」
なまえは、再度彼の服装を見渡した。
頭にはコック帽をつけ、服装は制服のそれではなくコックの服装。
この学園の学食で働いていると言われても納得してしまうくらい、彼はコックだった。
「十三組って何食べるのかなーって思ったら…ボンドか……」
「ううん。主にパンとかご飯とか」
「普通ですね…」
「そんな期待されても……」
勝手に期待され、理不尽に落胆され。
なまえは目の前の食人に少しだけ困惑していた。
「えーっと、私はもう帰ろうと思うんだけど、もういいかな?」
「あ、はい。呼び止めちゃってすいません」
「呼ぶどころの騒ぎじゃなかったけどね…」
バイバイ、と手を振って、なまえは食人に背を向ける。
食人は思い出したようにその背中に声をかけた。
「またどっかで罠張っておくんで、よろしくお願いしますねー!」
何もよろしくしたくないと、なまえは静かに溜息をついた。