どの部活に入ろうか、と賑わっている新入生に興味を示すでもなく、なまえは真っ直ぐ廊下を進んで階段を上る。
階段を上り終わり、教室へ行くために廊下を曲がった瞬間。

「…………………」

「…………………」

見覚えのある少年と鉢合わせた。
なまえもその少年も、どちらも何も言わずに足を止める。
少年―――雲仙冥利は、全校集会のときと同じ見下すような視線でなまえをじっと見上げていた。
なまえはそんな雲仙をじっと見下ろし、そして視線を逸らすと何も言わずに歩き出した。

「っておい待てコラ!!」

「え?」

あまりの展開に驚いた拍子に、雲仙はなまえへと声をかけて行く手を阻む。
何事だろうかと驚いたようになまえは雲仙を見下ろすが、雲仙はイラついたようになまえを見上げていた。

「え?じゃねぇだろ。なんだ、お前は……」

「なんだって…別に」

混乱するようになまえを見上げていた雲仙だったが、ふとその視線が下へと下がる。
そして用件を見つけたとでもいうように、その口端をゆっくりと上げた。

「お前、生徒だろ?全校集会でのオレの演説は聞いてなかったってか?」

「きいてたよ。ダメ人間だーってやつでしょ?」

「そこじゃねぇ」

雲仙はなまえへ近寄り、じっと見上げる。
その視線は先程よりも威圧的であったが、なまえはそんなことを微塵も気にしていないという様子で雲仙の行動を見ていた。
そんななまえの反応すら気に食わなかったのか、雲仙は眉間に皺を寄せてなまえのスカートへと手を伸ばした。

「スカートが短すぎんだよ。痴女かテメ」

ェは、という言葉を雲仙は紡げなかった。
勿論、雲仙にスカートをめくられたなまえが何をしたわけでもない。
というよりスカートをめくられたことに驚愕してなまえは固まってしまっていたのだが、それ以上に雲仙は驚いていた。
雲仙にはそれが驚愕なのか恐怖なのかわからなかったが、とにかく。
なまえのスカートの中に目隠しした変態がいた。

「女子生徒のスカートをめくるという行為は風紀委員長としてあるまじき行為だと思いますが」

「な、な、な、」

「風紀を正すというのなら、もっときちんとした行動があると思われますがいかがでしょう」

「い、『いかがでしょう』じゃねぇだろ誰だテメェ!!」

と、いうか。

「テメェの方は人としてあるまじき行為だろ!」

雲仙冥利は混乱していた。
短い人生であったが、今までに混乱したことは何度もある。
しかし、そのどれよりも今この瞬間、雲仙冥利はとてつもなく混乱していた。
無理も無い。というよりよほどのことでなければ驚くこともないなまえでさえ、驚きで表情を固まらせているのだ。
そしてそんな混乱をもたらした本人である青年は、自分の頭の上にかかるなまえのスカートを気にすることなく雲仙を見上げている。
地面にしゃがんでいる彼がいつ自分の目の前にきたのかすらわからなかったが、今はそんなことを心配している場合ではなかった。

「え、えっと、ダメ人間くん。し、知り合いなの?」

「誰がこんな奴と…それとオレはダメ人間じゃねぇ」

「紹介が遅れました。私、一年十三組の長者原融通と言います。雲仙さまとはクラスメイトで御座います」

「あ、私は名字なまえ。二年十三組だよ。ダメ人間くんとは初対面」

「臨機応変か」

先ほどまで慌てふためいていたなまえが平然と自己紹介をしたことに、雲仙は呆れたようになまえのスカートから手を離す。
あまりの驚きにもそのスカートを離さなかったのは流石と褒めるべきなのか疑問だが、雲仙は納得したように盛大に溜息をついた。

「全員が十三組ね…それならまあ、まだ納得がいくってことなんだろうな……つうかお前。長者原だっけか?今後一切女子生徒のスカートの中に入るんじゃねぇ。まさかそれが"異常性"ってわけもあるめぇし…さもないとテメェから粛清することになる」

「ご忠告痛み入ります」

「こんな忠告するのはこれが最初で最後だろうよ」

スッと長者原はなまえのスカートのことも気にせず立ち上がる。
なまえは慌ててスカートを押さえ、自分よりも背の高い長者原を見上げた。

「はあ…疲れた。もういい。とりあえずスカートの丈を長くしろ。今日のところはそれで見逃してやる」

「いいんですか雲仙さま。それは公平とはいえませんが…」

「テメェはどっちの味方だ!」

イラつく雲仙を他所に、長者原は目隠しの奥で雲仙を見下ろす。
付き合ってられないとでもいった風に、雲仙はなまえたちへ背中を向けて歩き出した。
残されたなまえは雲仙の背中を見送りながら、長者原へと口を開く。

「長者原くん。その目隠し、ちゃんと機能は果たしてるんだよね?」

「ご心配なく。透けているので壁にぶつかることはありませんよ」

「……そっちの心配はしてないよ…」

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