自分の息子が中学生になったとき、偶然入った喫茶店に彼女がいたことに私は衝撃を受けた。
何年か前、私があの病院でまだ"先生"をやっていたときに、何回か顔を見せた彼女。
当然年はとって彼女も中学生の制服を着ているものの、頭の隅に引っかかっていた彼女の面影があればそれが本人だと確信するには十分だった。
「……ここ、いいかしら?」
声をかけられた少女は、物凄く驚いた顔で私を見たあと、落ち着きを取り戻したように目を伏せた。
「………誰も座ってないから、良いんじゃないですかね」
「そう」
その可愛らしい顔立ちから想像していた言葉と違う言葉が出てきて一瞬驚くが、私は笑顔で彼女の向かい側へと座る。
見れば見るほど、普通の女の子と変わらない少女。
「名字なまえちゃん、よね?久しぶり。覚えてるかしら?」
「誰ですかあなた」
「人吉瞳。昔、あなたが5歳のときに通っていた病院で先生をしてたんだけど」
「へえ、ふうん。ああ覚えているような気がしますね。で、それで、そんな昔通っていた病院の先生だった人がただのサボり中の女子中学生に何かご用ですか?」
「サボリはダメよ」
「はぁ、そうですか」
私が"先生"であったとき。
私は彼女を【普通】と判断し、彼女の通院は1日で終わるはずだった。
だけど次の日も、その次の日も、ずーっと、最低でも私があの病院に勤めているときはずっと、彼女は私の元へやってきた。
否、連れて来られていた。
「あの子が普通!?どうしたらそう見えるんですか!」
「あの子はどうも違うんです。言葉じゃ言い表すのは難しいですけど、明らかに異なっている」
思い浮かぶのは、必死の形相で彼女が普通で無いと訴えてきた彼女の叔母と、それをなだめながら私に説明をしてくる彼女の叔父。
彼らの訴えをきいて通院してくる彼女のことを必死に検査したが、どこにも以上は感じられなかった。
「叔母さんと叔父さんは元気?」
「最近会わないのでわかりませんが多分元気なんでしょうね」
出会ったころの彼女とまるで違う彼女の反応に、会わない間に色々あったのだろうかと考えてしまう。
だからといって、私は昔のように"先生"ではないからあれこれ簡単に訊けるわけもなく。
どう話を切り出そうかと考える。
「今は、えっと、なまえちゃんは中学3年生だっけ?」
「そうですよ」
「学校は楽しい?」
なんだか久々に会った父と娘の会話みたくぎこちない会話になってしまい、笑顔が少しだけ引きつる。
頼んだコーヒーがテーブルの上におかれ、彼女はチーズケーキを一口、口に運ぼうとしていた。
「人吉さんは、学校が楽しかったですか?」
「え?ええ…楽しかったわよ」
「じゃあ、私もそういうことで」
そういってチーズケーキを口に含み、もぐもぐと口を小さく動かす。
あまり人には言いたくないことなのか、言うのが面倒なのか。
「ねえ、なまえちゃん。昔した質問をしてみても良い?」
「質問ですか?」
「ええ。幼いころのあなたは『むずかしいことはわかりません!』って笑顔で答えるからちゃんとした答えを聞けなかったんだけど」
「別に構いませんよ。まあ、今でも難しいことはわかりませんが」
彼女はチーズケーキの最後の一口を食べ終え、左側にあった紅茶を飲む。
私もコーヒーを口へと運び、自分でも気付かないうちに口の中が乾いていたことに気付いた。