「なまえちゃん。今日は大事な話があってきたんだ」

静かな病室に、楽しそうな声が響く。

「僕、学校を辞めることにした」

その声を発している人物の顔にも実に楽しそうな笑顔が浮かんでいる。

「実は僕、ある計画に関わっててさ。そのメンバーとソリが合わないなーって確信したんだよね。まあ、今回の件の責任っていうのもあるんだけどさ」

あ、この計画っていうのは内緒だからね、と大げさに両手を広げて笑う。

「ついでにいうとコンサルタント業からも足を洗おうと思ってるんだ」

そこで、少年は自分の着ているシャツのボタンを一つずつ丁寧に開け、その華奢な上半身を露にする。

「腎臓一個。左側の肺。心筋の二割。動脈五本。静脈三本。肝臓の半分。胃の四分の三。それらが、僕が支払った"代償"だ」

少年の上半身には、痛々しい手術跡がどこかしこに存在した。
しかし少年はそんなことどうでもいいといったように再び微笑む。

「ああ、でも僕はこれで良かったと思ってるよ。この世の地獄を見れたんだからね。これくらい安いものさ」

丁寧に第三ボタンまでしめ、少年は笑みを浮かべるのをやめた。
真剣な表情で、目の前のベッドに横たわる少女を見下ろす。

「なまえちゃんには言ってなかったかもしれないけど、実は僕には妹がいるんだ」

写真も見せて無かったよね、と言うが、少年が写真などを取り出す仕種はない。
そういうことを言っていても、見せるつもりは無いらしかった。

「どうしてだろう。学校に持っていって、誰かに見せてた気もするのに。ああでも、僕が言いたいのはそういうことじゃなくって、なまえちゃん。君が僕の妹だったら良かったのにな」

掛け布団の上に置かれている少女の手に、少年は恐る恐る触れる。
両手でその左手を握ったところで、反応は無い。
あのときは―――微かに握ってくれたのに。

「そうしたら僕は君がどんな"異常アブノーマル"でも、あんなことはしなかったのに」

少年―――黒神真黒は、なまえの左手から両手を離し、自分の膝の上へと戻した。

「…………違う。何してんだろうね僕ってば。こういう話を、しにきたわけじゃないのに」

未だに意識を戻さないなまえを見下ろして、真黒はなんだか自分が泣きそうになっていることに気付く。
それすらも意味がわからないといった風に、真黒は眉を八の字に曲げた。

「ごめんね、なまえちゃん」

自分でも驚くほど小さかった声と同時、真黒の頬を生暖かいものが伝う。
それを拭うことなく、真黒は言葉の続きを口にした。

「なんで、あそこで僕の名前を呼んだんだ。それじゃあ、まるで――――君が、僕のことを許しているみたいじゃないか」

なんでだよ、と真黒の口が、声が、震える。

「…どうして僕が、後悔してるんだろうね」

わからなかった。
最後まで、結局何も解析出来なかった。
間違っていたのは自分だった。
だけど、違う。
この後悔は、自分に向けられたものではない。
彼女―――名字なまえに、こうなる結果へ導かれてしまったことへの後悔。
本当はもっと綺麗に解決出来る方法だってあったはずなのだ。
余裕が無かった自分には出来なかったけれど、彼女がもっと自分自身のことを考えていれば――――彼女が誰かに相談していれば、もっと。

「………もしかして」

真黒は、一瞬頭に過ぎった過去を振り返る。
箱庭学園へ入学して、なまえと出会って間もなくした会話。
あのとき―――確か放課後だったはずだ。
自分は彼女に、なんと言った?


「周りの人間に、あまり期待しないほうがいい」



「…………なまえちゃん、君は……」

剣道場で笑った彼のような笑みが、自然と真黒から零れる。
彼女は自分の忠告を一切きいていないと思っていた。
右から左へ流しているものだと思っていた。
しかしそれは、勘違いだったとでもいうのか。
彼女は自分の忠告に従って、誰にも期待せず、相談などしなかったとでもいうのか。
剣道部のことも、宗像のことも―――自分のことも。

「やっぱり、君は馬鹿だ」

再度理解したそれに、真黒はなまえへ視線を向けた。
静かに、ただ規則的に寝息を立てるなまえを、真黒は愛しいものを見るかのような目で見つめる。
もう一度伸ばそうとした手を、途中で静かに停止させた。

「なまえちゃん。僕は君のことなんかちっともわかりやしなかったし、僕はもう君のクラスメイトなんかじゃないけど、それでも…」

そこで一度口を閉じ、思いっきり深呼吸をする。
自分の袖で、濡れた目と頬を拭くのも忘れずに。
ごしごしとこすりすぎた目は若干赤くなっていたが、そんなこともお構い無しに真黒はなまえを見下ろした。

「君と出会えて、本当に良かった」

そう笑って、黒神真黒は後悔と共に、物語から退場する。

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