跪けとも―――平伏せとも言われていない。
しかしそれでも、真黒は王土に圧倒されていた。
それこそフラスコ計画での王土のパートナーは真黒であったが、そして彼の異常性に底が見えないことは知っていたが。
やはり、相容れない。
過ごしていく中で。否、恐らく初めて出会ったときから、真黒は王土に対して反りが合わないだろうと解析していた。
初対面で跪かされたことも、解析をかわれて過剰に評価されたことも、全てが、彼とはあわなかった。
彼のパートナーは行橋が相応しいだろうと考えたが、怪我で欠席している三年生の分を埋めるために途中から入った行橋に王土が自分以上に目を向けるでもなく。
行橋は王土の推薦で入ったわけなのに――――とそこまで思考して。

「(走馬灯……だったりして)」

真黒は、気付かれない程度に笑みを零した。

「つまり、王土くんはなまえちゃんのために僕を殺すというわけなんだね」

「殺すだなど…真黒くんはいつも言うことが芝居がかって物騒だ。行橋とそこだけは似ているな。俺達は平和な日本の一介の通常の普通の並大抵の通り一遍のただのありふれた一般的な高校生だぞ?」

「…よくいうよ」

先程の雰囲気と、万死に値するという台詞はなんだったんだというツッコミをする気にもならない。

「まあ、そうだな。解析の続きはまた今度にしてもらおう真黒くん。偉大なる俺は今からなまえと砂遊びでもしてから帰るつもりなのでな」

「容態…考えて…よ……」

「ん?そうか。行橋から貰った絆創膏ならあるぞ」

「……………………」

「都城テメェ名字の容態考えろ!あと名字お前はちょっと考えてんじゃねえ!」

「なんだ遅かったな"棘毛布ハードラッピング"」

「遅かったなじゃねえ!なんだあのへんてこりんな小さいのは!」

そう怒鳴りながら、そして空気を読まずに突然現れたのは"棘毛布ハードラッピング"―――高千穂仕種であった。
王土の気迫に圧されるでもなく、宗像の殺気に戸惑うでもなく。
うるさいくらいに、高千穂は状況が見えていないようだった。

「そうか。しかし、行橋が貴様をこれほど引き止めていられるとは思わなかったな。それを考えてみれば、やはり真黒くんの解析は偉大なる俺の次に素晴らしい」

「………だから、」

それは過剰すぎる評価だと言おうとした真黒の口が閉じ、かわりにその黒い瞳が大きく開かれる。
瀕死の重症―――とまではいかないが、銃弾が腹部を貫通した痛みがあるというのに、真黒の目の前で王土が映る真黒の視界を遮るように。
名字なまえは立ち上がる。
その衝撃で手の内に溜まっていた血が勢いよく地面に落ちるが、そのビチャビチャという不快音を何とも思っていないらしい。
そのまま足を血で染めながら、なまえはただ王土を見上げる。
そのことに驚いたのは真黒だけではなかったようで、宗像と高千穂も驚いたようになまえを見ていた。
高千穂や宗像はそんななまえを案ずるように一歩前へ出ようとしたが、なまえの笑顔がそうさせない。
その優しく微笑む表情は、今この状況で浮かべる表情に最も相応しくないというのに。

「今、取り込み中…だから。砂遊びはまた今度、やろう」

先程よりも言葉が途切れていないのは、あまりの衝撃に感覚がマヒしているのか、感覚を遮断したのか。
そしてそんな重症の身体で立ち上がったのは、都城へのせめてもの敬意だろうか。
そんなことを考えながらもその言葉に戦慄を覚えたのは高千穂でも宗像でもなく、なまえの背中を見上げる真黒であった。
先程までなまえを殺そうとしていたくせに、王土へのその対応でなまえが王土に跪かされる危険を察知して、何故かなまえを心配している。
真黒にはこの気持ちが一体何なのかがわからなかった。
なまえのことを知りたいのに、一向にわからない。
今こうして王土と向かい合って喋っている理由も、自分から逃げようとしない理由も。
これが―――普通のことだとでも言うのか。

「なまえちゃん。君は…」

もしかしたらという自分の思考回路の結論に、なんだか情けなくて笑えてくる。
あのとき、剣道場で、あの1年生が笑ったのがわかった気がした。
そうか――――わからないということは、こういうことだったのか。

「もしかして、死にたいのかい?」

真黒のその質問に、教室の空気が凍りつく。
高千穂は息を呑み、宗像の殺意は膨れ上がり。
王土は浮かべていた笑みを消し、言葉を発した真黒ではなく黙っているなまえを見つめていた。
なまえはゆっくりと振り返る。
血溜まりとなった床をビチャビチャと鳴らしながら振り返ったなまえの、その真っ赤に染まった制服が真黒の目に止まった。

「っ…………」

こんなはずではなかった。
こうなることはわかっていた。
そんなつもりじゃなかった。
こんな結末しか選択できなかった。

「僕は…なまえちゃん。君を、解析出来たのかな」

なまえが死にたいというその結論。
だからこそここに残るという選択をした意思。
それこそが正解ならば自分は正しいことをしたのだと、真黒は自分の中にある異常性を握りしめる。

「……っぐ………」

そして、真黒へ微笑むなまえは何かを喋ろうと口を開いて、血を吐いてその場に蹲る。
驚いた真黒は何も考えずになまえへと手を伸ばした。
しかしそれは少しのところで届かず、真黒は伸ばされた自分の手へと焦点を当てる。
この手で触れただけでは解析できなかった。
初めて出会ったときよろしくといってなまえを抱きしめたのも、抱きしめてからしばらく離さなかったのも、自分が変態だからとかなまえが可愛すぎたからとかではない。
自分は妹以外にそんなことを決してしないし、解析をするなら目で見るだけで十分だ。
あれは―――あのときから。
黒神真黒は名字なまえのことがわからなくて、それでいてわかりたかったのだ。

「――――――!!」

なまえの伸ばされた手が、真黒の伸ばした手に重なって。
真黒の手を握りしめたその手は、驚くほど力が無かった。

「……………………」

真黒に伸ばしていない方の手を床につき身体を支え、先程吐いた血が拭われた口をゆっくりと開いて。
なまえはしっかり、そして笑みを浮かべながら、最後の力を振り絞って言葉を発した。

「ごめんね。私は、死ぬのが死ぬ程怖いんだ。真黒くん」

最後に真黒の名前を呼んで、なまえの手は血のせいもあってかズルリと真黒の手から簡単に離れて。
次いで、なまえの身体が床にベチャリと倒れこみ。
真黒は自分が間違っていたという事実を、最後の最後に理解した。


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