耳を劈くような銃声にも関わらず、宗像形は平然とその場に立っていた。
重く熱い弾を吐き出した銃口からは微かに煙があがっており、宗像は目に見えない亜硝酸塩を浴びる。
これで硝煙反応を検査すれば宗像が撃ったことは明白である―――しかしこの場合はそんなことをしなくとも宗像が銃を発射したことは明白であった。
そして先程は動揺した宗像形だとしても、今度ばかりはその攻撃を―――殺人を、失敗ミスするわけがなかった。


そうはいっても。
しかしながら。
それなのに。
それでも。
けれど。
だが。
されど。
ところが。
しかれども。
でありながら。
にもかかわらず。


黒神真黒は、笑っていた。

「………………………」

対し、宗像は。殺人鬼と恐れられ、指名手配までされ、その殺意を消せたことが今までに無かった虫も殺さない人殺し、宗像形は。
動揺と困惑のあまり、握っていたはずの銃を地面に落として。
その銃は音を立てて地面を跳ねたが、宗像にはそんなことはどうでも良かった。
というよりも、目の前の光景に対し、宗像の頭は理解をしてくれなかった。

「どういう……つもりだ、」

やっと宗像が搾り出した声に、真黒はただただなまえを後ろから抱きしめるだけ。
否―――抱きしめているわけではない。
真黒の左手が。なまえの腹部を押さえる左手が、徐々に赤く染まっていく。
真っ赤なそれを、ここにいる誰もが見たことがあった。
他人のものを。あるいは自分のものを。
その赤は、決して見間違うわけがない。
小さくうめき声をあげたなまえの腹部からは、大量の血液が流れ出てきていた。

「どうしたんだい宗像くん」

真黒は自身の左手を染めるなまえの血を気持ち悪がるそぶりも見せず、ただ宗像だけを見てそう訊ねた。
しかし宗像は答えない。
答えられなかった。

「ああいや、先に言っておくけどこれは僕のせいじゃないよ。どうして僕が牛深くんが帰る前になまえちゃんの目の前に登場したのかを考えれば、もう言わなくてもわかるよね?」

「…………………」

宗像はゆっくりと目線を足元に落とす。
静かな寝息を立ててそこに横たわるクセっ毛の少年は、宗像の意識に初めて入る。
止まれの標識は相変わらずの主張を続けていて、宗像は無言のまま再び真黒を睨みつけた。
ここで横たわっている彼の異常性など宗像は知らない。
しかし、今の結果からして、黒神真黒を殺そうとすれば結果的に、恐らく、かなりの確率で。
宗像形は名字なまえをも殺してしまう。
この得体の知れないクラスメイトの、どんなものかもわからない異常性によって。
そしてそうする宗像を見て。またはそうしない宗像を見て、真黒は解析を完成させるのだろう。
こいつは―――――どこまで。

「一体どうしたんだよ宗像くん。なまえちゃんを殺そうとしていた君が、なまえちゃんを殺しかけて動揺するだなんて矛盾もいいところじゃないか」

再び宗像に疑問を投げかけて、真黒は宗像の反応を伺う。
なまえの傷口は真黒が押さえているから出血は少ないものの、軽症とは言えなかった。

「……どうしたはこっちの台詞だ。黒神真黒」

そう、宗像は静かに真黒を睨みつける。
微かに、そして静かに。だけれども確かに湧き上がる殺意とは別の何かが、宗像の眼光を鋭くさせていた。

「何故、お前はそんなにも平然としている」

宗像には不思議でしょうがなかった。
人と人との関わりなど実際自分は体験したことがないのでわからないが、これはあまりにも非常識ではないか。
それは異常だと。それこそが普通ノーマルではないと、異常アブノーマルな宗像形はその異常アナリストを悟る。
彼は、黒神真黒はなまえをとても気にかけていて、セクハラはしても危害は加えないと考えていた宗像たちではあったが―――彼女を無理に解析しようとした時点で、その考えは放棄すべきだったのだ。
そして真黒は、宗像が言った通りの平然さで口を開く。

「なまえちゃんが怪我をしたら、僕が動揺するかと思ったのかい?」

沈黙は肯定の証だと、真黒は言葉を続けた。

「それはあながち間違いじゃない。なまえちゃんが誰かに怪我をさせられれば怒るし、それこそ殺されかけたとなれば勿論そうだ。だけどこれは"僕がこうさせた"結果だ。僕は今なまえちゃんを解析しているだけで、そこに解析者の私情なんてものは必要無い」

思い返すは剣道場での出来事。
門司たちがなまえを利用していると知って、真黒は自分でも驚くような怒りを覚えたのだ。
これが高千穂や宗像だとしたら自分でなんとかするだろうと放っておいただろうし、鍋島だとしたら恐らく何もしなかっただろう。
それは彼が異常アブノーマルで、彼女が特例スペシャルだからということではない。
それこそ自分の妹が同じ立場だったとしても、あそこまではしなかった。
それを思い出し、真黒の眉間に皺が寄る。
だからこそわからない。
それでも何も知らない。
理解が出来ない。理屈が通らない。

「ああ。先に言っておくけど、銃を乱射したりするのはやめておいたほうがいいだろうね。牛深くんの異常性は意識が無くとも未だ継続中みたいだから」

「そんなことはどうでもいい」

どうせ先程もそれを知っていて自分に銃を撃つようふっかけたのだろう、と宗像の眼光に力が入る。
それとも継続しているのかを確認するために銃を撃たせたのか―――しかし、その言葉通り、宗像には今そんなことはどうでも良かった。
苦しそうに息をするなまえの息遣いが、教室に静かに響き渡る。

「このままじゃなまえちゃんは死んじゃうわけだけど…どうする?宗像くん」

「お前を殺せば、それで終わる」

「そうだろうね。そして、それが答えだよ」

「……………?」

「なまえちゃんを殺そうとする理由は―――君には無い」

そう、再び断言した真黒に、宗像は今度こそ反論が出来なかった。
心のどこかで。頭の片隅で。宗像はそれを感じていた。
人を殺したことがあるだとか、ないだとか、そんなものではない。
自分に―――名字なまえは殺せない。

「だから殺す」

銃でダメなら、刀で。
銃殺が無理なら、刺殺で。
遠距離が不可能なら、近距離で。
宗像は何も考えなかった。
そこに理由はある。
しかしその理由も、今は考えなかった。
だから殺す。だからこそ殺す。


であるからして。
そんなわけで。
それだから。
したらば。
それで。
故に。
なので。
そのため。
これにより。
そのことから。
そういうわけで。


宗像形は、その殺人衝動に素直に従った。

「【跪け】」

低く、重い声。
聞き覚えのあるその声音に、その威圧感に。
気付いたときには―――もう遅い。

「っぐ、」

宗像の刀は空を切り、そこに存在していたはずの真黒の頭は既に無かった。
宗像は何も考えずただの反射だけでその声の主と距離を取るように地面を蹴る。
こんなことで反射による行動だなどと言えば高千穂に馬鹿にされるだろうな、とそこまで考えて。

「(―――――…)」

聞こえた声の主と、その声の主と共にいたはずの高千穂を思い出す。
彼らは共にいたはずではなかったのか。
その役割は俺のものだと豪語した彼は―――どこに。

「おいおい真黒くん。偉大なる俺が命令したくらいで跪くだなんて、一体今日はどうしたというんだ」

わけのわからないこと言う、と宗像は声の主を見る。
対し、名前を呼ばれた真黒は。

「っ……無茶を言うなよ、王土くん」

なまえの傷跡から手を離し、王土へとしっかり土下座をしていた。
なまえは自分の手で傷跡に触れて出血を抑えているようではあったが、その顔色は良いものとは言えない。
しかし王土はそんななまえを一瞬見るだけで、再び真黒へと笑い下した。

「それに、偉大なる俺の声が聞こえた瞬間驚いていたようにも思えたが―――もしやこの偉大なる俺がこうして登場するのが解析できなかったとでもいうのか?そんなはずは無いだろう、真黒くん」

「………君は相変わらず、僕への過大評価が過ぎるようだね」

黒神真黒は苦笑いを零す。
それと共に、先程までの余裕もどこかへ消えてしまったようだった。

「そして―――おい。いつまで、静かに黙り込んでるつもりだ」

そこで初めて、王土はしっかりとなまえを見つめる。
なまえはその真っ青な顔で王土を見上げ、力なく笑った。

「あは…。似て…た、でしょ?昔の、あなた…の、真似」

そしてその笑みに応えるかのように、王土も微かに口元へと笑みを浮かべた。

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