「ここで何をしている?"棘毛布ハードラッピング"」

箱庭学園に高くそびえ立つ時計塔の十三階―――ではなく地下十三階でそう静かに口を開いたのは、その部屋の主である都城王土であった。
対し、棘毛布ハードラッピングと呼ばれた高千穂仕種のエリアは地下一階である。
それにも関わらずここにいる理由―――ただ興味があるからという理由で来るわけでもないだろうと、当然のように王土は疑問を投げかけた。

「あんたこそなんでこんな地下十三階に引きこもってんだ?王様は城のてっぺんにいるってのが筋だろ。これじゃまるでラスボスだ」

高千穂も不敵に笑みを浮かべているが、しかしそれは虚勢でしかない。
このフラスコ計画のような異常すぎる事案の中心であるといっても過言ではない都城王土の存在に、一度戦ったというもの彼に対する恐怖は消えなかった。
というより、一度戦ったからこそ、その偉大すぎる彼の存在にひれ伏しそうになるといった方が正しいだろうか。

「まあ大方三年生にでもエレベーターを起動させてもらったのだろう。貴様は随分と好かれていたようだからな」

「俺のことは気にすんなって。俺はアンタがいつ地上に出て行くかビクビクしながら見てるんだからさ」

「貴様こそいいのか?」

「何がだよ」

しかし高千穂が危惧していたよりも、王土はかなり気さくに会話に花を咲かせている。
この寒い空間で1人、やはり暇だったのだろうかと高千穂は心の中で静かに王土を観察した。

「貴様達が気にかけているあのクラスメイトは、今頃真黒くんに解析されてるかもしれないぞ」

名を出さずともわかる、そのクラスメイトという存在。
名字なまえと名乗った彼女と、都城王土のフラスコ計画でのパートナである黒神真黒。
どちらも掴みどころの無い人間だといえばそうだが、どうにもそれは種類が違う。

「それを防ぐための殺人鬼だよ。ま、黒神真黒のパートナーであるお前が黒神を手助けに行くってんなら阻止しようかと思って此処にいるわけなんだがな」

「阻止出来るか出来ないかはこの際口論するのは避けといておこう―――そしてこの偉大なる俺が訊いているのはそういうことではないと、理解力の無いクラスメイトに偉大なる俺が教えてやろう」

「……………?」

王土の言いたい通り、高千穂には王土を阻止出来るとは思っていなかった。
彼の攻撃を避けられるイコール倒せるということではない。
それは、自分が無傷で無事にこの場をやり過ごせるということしか意味していないのだった。
王土は立ち方を色々と変えながらもその端が上がった口を開く。

 ・・・・・・・・・・・・
「貴様は助けに行かないのかということだ」

その言葉に、「そういうことか」とだけ返した高千穂に、今度は王土が首を傾げる番だった。

「いいんだよ、俺はこれで」

諦めたように言う高千穂が、王土にはわからない。
パートナーである真黒であればその表情の意味がわかったかもしれないが、心の読めない王土は高千穂の言葉を待つしかなかった。

「おれはアイツの友達にはなれるかもしれねぇが、アイツは俺の大切にはならない。だってそうだろ?もしものとき、どうしたって生き残るのは俺の方だ」

無意識のうちに避ける異常。
生まれつきの異常で過剰な反射神経の持ち主。
言うなれば自動操縦オートパイロット戦闘機コンバットプレーン
高千穂仕種がするのは、反応ではなく直前の反射。
純粋に五感と神経がダイレクトに接続している彼に、錯覚やフェイント、脳が現象をどう捉えるかなどは関係がない。

 ・・・・・・・・・・・・
「俺にアイツは助けられない」

高千穂仕種は子供の頃、自分のことを超能力者だと思っていた。
類稀なる己の反射神経を初めて自覚したのは8歳の頃。
クラスメイトとドッジボールをしている最中のことだった。
自分には当たり前にできることが他人にはがんばってもできない。
己が優秀さを裏付けるようなその事実は、彼に心地よい孤高感と居心地の悪い多幸感をもたらした。
とは言え、反射神経を除けば彼は屋外スポーツやテレビゲームに熱中するよくいる子供だったし、その『超能力』を悪用しようなんて大それたことは考えてもいなかった。
が、しかし。
12歳の春、そんな高千穂に転機が訪れる。
高千穂の中学校入学を祝した家族揃ってのドライブの最中、自分の乗る車が観光バスと大型トラックにサンドイッチされるという交通事故に遭遇した。
両親と妹の血を全身に浴びながら、高千穂は気付いた。
自分は優れているのではなく外れているのだと。
何が起こったかもわからず震えながら高千穂は知った。
自分が超能力者などではなく化物であることを。

「俺の異常が危険を避ける。守りたいと願うものを庇うことすら出来ず、俺は当然のように生き残る」

この『十三組の十三人サーティン・パーティー』でさえ、高千穂に触れる人間などいないというのに。
それなのにどうして助けることが出来よう。

「一生安全圏にいる俺の周りは半永久的に危険区域だ」

高千穂の言葉に、王土は何も言わない。
一定の時間が経過すれば変わるパソコンの壁紙のように立ち方を色々と変えるだけで、高千穂にかける言葉を考えているわけではなかった。
高千穂も王土に何か言われても反応に困るので、それでいいかと苦笑いを浮かべる。

「だから俺はこうしてアンタが地上に上がるのを阻止してるってわけだよ。それが出来る出来ないは別としてな」

「そうか」

王土はそれだけを言い、この寒い部屋の中平然と高千穂の前に君臨していて。
高千穂は暗い部屋の中へと目を凝らすが、電気が点いていても光が十分に届いていないここでは何があるのか全く見えない。
だからいつも彼は長袖なのだろうかと全然関係ないことを思考したところで。
王土の視線が微かに鋭くなったのを、高千穂は反射的に感じ取った。

「ならば"棘毛布ハードラッピング"」

王土はいつも高千穂のことをフラスコ計画のためにつけられたその名で呼ぶ。
高千穂は別にそれを気にしていなかったし、宗像のことなんて『殺人鬼』と呼んでいるのだ。
彼が他の一年や先輩達と話しているところを見たことがなかったが、きっとそんな感じなのだろうと勝手に予想する。

「クラスメイトとして、そして同じフラスコ計画のメンバーとして、偉大なる俺が貴様に訊いてやるから答えるが良い」

もう何回立ち方を変えているのかなんて数えていないが、その幾度目かの人を見下すような、偉大に君臨しているような立ち方で都城王土は高千穂仕種をじっと見つめた。

「俺が"真黒くん"と呼ぶクラスメイトがあの殺人鬼に易々と殺されるだなんて―――貴様、本気でそう思っているのか?」


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