名字なまえは廊下の途中で立ち止まる。
それは2限が終わった後の休み時間であったが、この廊下に知らない人が立っているのを見るのはなまえにとって初めてだった。
パーマをかけているのか元々少し癖っ毛なのか、軽く外へ跳ねている明るい髪を見て、壁に寄りかかる少年の顔を見て。
最後に、一番目を引くその標識に目をやった。

「どうも。君がクラスメイトの名字さんだね?」

どうやら彼も高千穂と同じように名乗ってもいないなまえの名を知っているようだった。
しかし勿論、なまえは顔も見たこと無い少年の名前を知らない。
その事実を不満に思うことなく、「誰?」となまえは少年の名前を訊ねた。

「自己紹介が遅れたね。オレは牛深柄春。君のクラスメイトだよ」

「え!十三組の人ってまだ居るの?」

「おいおい、人間は1匹見たら30匹はいるっていうだろ?」

呆れたように言う少年、牛深柄春はどこか優男のような雰囲気を醸し出している。
しかし、その手に握られている"一時停止"の標識がどうにも少年の優しさをかき消しているように思えてならない。

「ふっふっふ」

だがそんな牛深の言葉に、何故かなまえが不敵な笑みを浮かべる。
その様子に牛深が怪訝な表情を浮かべるのはもっともと言えよう。
そしてなまえはその余裕たっぷりな表情で口を開いた。

「残念だけど、人間の単位は"匹"じゃなくて"人"だよ牛深くん」

「…………………」

どや顔でマジレスされた。
しかも何が残念なんだ、と牛深は言葉も無かった。

「君はあれか、蜜柑の皮が上手く剥けなかったらオレンジジュースを飲むといった人間か」

「いやそこは頑張るよ」

溜息をつく牛深の例えがよくわからなかったものの、なまえは不満そうにそう反論する。
そしてもうすぐ3限のチャイムが鳴りそうだな、と標識を持った彼を目の前にしてぼんやりとそんなことを考えていた。
牛深はゆっくりとその笑みを深くして。

「わざわざ登校義務を免除されてるオレが登校してきたのには理由があるんだけど、名字さん。クラスメイトのオレが考えていることぐらい、わかるよね?」

そんな牛深の笑みと、目の前に掲げられた一時停止を見比べて、なまえは言い放つ。

「…………誕生日だから?」

「そんなにがめつい男に見えるのかな、オレって…」

なまえの言葉に遠い目をした牛深を気にすることなく、なまえはただ首を傾げてその一時停止を見つめていた。






×







「やっべぇ、3限って宿題あったよな…」

一年二組である宇佐は、不良ながらに遅刻と提出物の心配をしながら階段を駆け上がった。
本来は授業中であるはずだが、盛大に寝坊をしてしまった宇佐は3限が始まった10分後に学校へ到着していたのだった。
頬や腕には喧嘩でついた傷のようなものもあったが、軽いものらしい。
そのまま一年二組の前へ到着し、一旦落ち着いて先生への言い訳と謝罪を頭の中でシミュレートし、深呼吸をして。

「すいません、ちこ…く………」

扉を開いて、教室を見て。宇佐は、一体目の前に積み重ねられたものが何なのかが理解出来なかった。
しかし、瞬時に理解する。だけど、何なのかはわからない。
一体―――どうして。どうやって―――こうなって。

「う、あ、あ、あ………」

後ろへ下がる足がもつれて廊下に尻餅をつくが、そんな痛みはどうでもいい。
なんだ。なんだこれは。どうして。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どうしてクラスメイトが血まみれで積み重なっているんだ!!!!!!

「は…………あ…………?」

死体の山ではないことだけが、今の宇佐にとっては唯一の救いだった。
微かに聞こえるうめき声と、苦しみに歪む声、それから、動きたくても動けない、身体。
意味がわからなかった。ワケがわからなかった。こんなものは漫画でしか見たことがなかったし、こんなことをする人間が、存在するとでもいうのか。
宇佐は震えて上手く動かない身体よりも目を動かし、この状況をどうしようかと混乱する頭で考える。
しかし何を考えればいいのかすらわからなかった。
自分は今何をすべきで、自分は今何を考えればいいのか。
頭が真っ白で、目の前が真っ暗で、鍛えたはずの身体とお喋りな口は機能を果たしてくれそうにない。

「ひ………あ……………も、門司…!!!」

目の前の光景に釘付けになっていたら、見覚えのある髪色が見えて、その名前を呼ぶ。
山の頂点で、力なく手をダラリとぶらさげているのが誰かなんて顔を見なくてもわかる。
昨日、一緒に帰ったとき、あんなに笑顔で元気だったのに。
名前を呼んだところで反応は無く、誰も、宇佐ですら動こうとはしない。

「        」

「え、遅かったって何が」

響く、鈍い音。積み重なった人の山は、また一人分、高くなる。

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