【後の祭り】という言葉がある。
手遅れであり、後悔しても意味が無い。
後悔先に立たずという言葉もある通り、あとになって悔やんだところで取り返しはつかないのだ。
船頭多くして船山に登るは航海違いであるが―――そんなことより。
この世には、起こった後でああしておけば良かったと思うことばかりである。
そして彼らは思い知る。後悔というその二文字を、嫌と言うほどに。

「あれ、日之影くん。どうしたの?制服ちょっと破けてるけど」

昼休み終了後、午後の授業の準備をしていたなまえが教室へ入ってきた日之影の制服に驚いたように手を止めた。
よく見れば日之影自身も少し怪我をしているようで、なまえに気付かれたことに対して気まずそうに日之影は後頭部に手をあてる。
なまえの視線から逃れるように目を泳がせ、口を開いた。

「あーまあ、高千穂にちょっと鍛錬を手伝ってくれって言われて手伝ったらこうなっただけだ。あんまり気にするな」

「そっか。大丈夫?」

「まあ俺は身体が丈夫なほうだし、高千穂に俺の拳やら足やらは届かなかったから問題ない」

「なら良かった」

そう呟き、なまえは再び作業を開始した。
今日は昼まで高千穂と宗像も居て合計4人であったが、今はなまえと日之影のみしかいない。
きっと二人は早退したのだろう、と別にこのクラスに限っては普通であるそれにコメントは無い。
むしろこのクラスに誰かが登校してきているということが異常なのだ。
既にこの二人にその異常は感じれないほどに学校と言うものに馴染んでいたので、それはもうどうでもいいこととしておこう。
しかし、日之影はふとした違和感にチラリとなまえを見る。
その視線には気付いていないのか、なまえは引き出しの中のノートを確認していた。

「(………驚かないのか)」

高千穂が鍛錬をしていることや、日之影が高千穂と戦ったことではない。
2mはゆうに超えているであろう身長の日之影の、大きく長い手足が高千穂に届かなかったという事実。それを聞いても尚、驚かないなまえの心情とは一体。
この会話の相手がもしも黒神真黒というのならば日之影は納得がいったが、相手は異常なほどの解析者でも頭の良いクラスメイトでもない。
それならばと日之影が出せる答えは1つだけ。
なまえは、高千穂の異常性を知っている。

「名字」

「なに?」

名前を呼べば何も疑問に思わずこちらを向く。
そんな純粋さに躊躇いが生まれるが、自分は生徒会長なんだからと意味のわからない言い訳を自分自身にして。

「最近、何か困ったことは無かったか?」

「……困ったこと?」

「ああ。何か、お前一人で解決できないことだ」

「ううん。無かったよ」

即答だった。
いつも通りの意味のわからない返答だったり、それでなくともはぐらされるかと思っていたが、ここまで清々しく否定されてしまえば、日之影には言葉も無い。
「なら良かった」と煮え切らないままの笑みで日之影も席に着いた。

「でも、高千穂くんとだけ?宗像くんはいなかったの?」

「宗像がいたら俺は今ここで授業を受けられないわけなんだが」

なまえの言葉通り、宗像はあの場にいなかった。というかいないで良かった。
高千穂は戦う人間であるが、宗像は殺す人間である。
そんな殺人鬼のような人間と戦ったことはないし戦いたくもない。
命がいくつあったところで、その全てを奪われるだけだ。
そしてそんな話題にあがった二人が今現在、時計塔の地下で戦いを繰り広げているとは知る由も無い。

「ヒュウ。やっぱり宗像、お前はなかなかに緊張感があってこえぇなあ」

「僕の攻撃を全部避けておいてよく言うよ」

「なんだか今日はいつも以上に動けるんだよ。なんだろうな、いつもみたく準備運動なんてしてねぇんだけど」

「正座占いが1位だったとか?」

「そんなもん見てねぇし信じてねぇよ……」

女子かお前は、と言いそうになった高千穂ではあったが、殺されかけるのは心臓に悪いので慌てて口を押さえる。
幸いなことに宗像はそんな高千穂に気付いておらず、地面に落ちている武器達を拾っていた。
自分のこの反射神経のおかげで宗像の殺意による殺害を避けれてはいるものの、やはり戦うのと殺されかけるのとではわけが違う。
こうして取っ組み合ってはいるものの、お互いにお互いを解かり合えてはいない。というより、わかりたくないというのが事実だった。
誰でも殺したくなってしまう宗像と、どんな攻撃も避けることができる高千穂はお互いの異常性のおかげでこうして共にいるが、友達という関係とは程遠い。
かといって仲間という意識はないし、宗像にとっての高千穂など殺す対象でしかないのだろう。
それを高千穂も理解していたし、だからこそ自分の異常性をもっと伸ばせるだろうと高千穂は自分の意思で宗像と共に居た。
それがいいだろうと黒神真黒も言っていたことだし、少しクールすぎる宗像のノリに溜息をはきたくなることもあった高千穂だったが、それでもなんとなく過ごしていた。

「にしても驚くほど普通に学生やってたな、名字」

「……ああ。そうだね」

「?どうかしたかよ」

何か引っかかるような言い方をした宗像に、高千穂は自分の額を流れる汗をタオルで拭きながら首を傾げる。
一瞬宗像が拾っている武器をどこにしまうのかを考えて言葉が詰まったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
こちらを見ずに、今拾い上げた日本刀―――高千穂は知らないが、宗像が初めてなまえと出会ったときになまえが拾った刀である―――をじっと見つめている。

「いや。それがいつまで続くのか少し疑問に思っただけだ」

「なんだよ。そんなに早く理事長が動くと思ってんのか?んなわけが」

「違う」

言葉を遮られた高千穂はそれを不満に思うことなく、宗像のその雰囲気に少し驚いたように表情を変えた。
戸惑っているのか困惑しているのか、怒っているのか腑に落ちないのか。
普段の無表情さとはかけ離れたそんな表情を見て、高千穂はただ宗像の言葉を待った。
宗像は手馴れた手付きで日本刀をしまいこむ。

「高千穂、お前あのときいなかったのか?」

「は?いつだよ」

「都城と戦ったとき、その前の僕と彼女の会話を聞いてなかったのか?」

「もし聞いてたらあんな恥ずかしい真似するかよ思い出させんな」

嫌な記憶だとでも言うように高千穂は眉間に皺を寄せた。
しかしそんなことはどうでもいいと言ったように宗像は言葉を続ける。

「そうか。なら仕方ないな」

「で、一体なまえちゃんとどんな甘い会話をしたってんだよ」

「………………………」

「あーあー悪かったって!殺気しまえ!!」

高千穂も段々と宗像の扱いに慣れてきたのか、手を振って焦ったように謝った。
宗像は不満そうな表情を浮かべてはいたが、静かに溜息を吐くと真剣な表情へと戻る。

「彼女に理由を話したんだ」

「理由?」

「僕が人を殺す理由だ」

「あー、あの理由をね。で、どんな反応だったわけよ」

「大事なのはそこじゃない」

そのあと都城に割り込まれたしな、と宗像は拾った拳銃に手際よく弾を込めていく。
そんな武器の扱いも教えたのかあの変態は、と高千穂は少し呆れた。

「『参考までに』って言ったんだ。彼女は」

「?」

突然のことに、高千穂の理解が追いつかない。

「『参考までに聞きたい』『どうして自分を殺そうとしてるのか』」

そこまで言って、そこで宗像はようやく高千穂へと視線を戻す。
高千穂は初め宗像が何を言いたいのかがわからかなったが、何かを悟ったらしい高千穂の表情から余裕が消えた。

「なあ高千穂」

「おい、まさか………!!」









「彼女は一体、誰に殺されるつもりなんだろうね」









空間は静寂。彼の問いに、答える者はいない。

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