授業というものが退屈であることは聞いていたが、想像以上に退屈なものだな、と宗像形は自分の席に座りながらぼんやりとそんなことを考えていた。
このクラスの一応の担任である教師は初め驚いたように教室に入る自分達を見つめていたが、何を言うでもなく喋り始めるのだから何故かそれが可笑しかった。
自分を――――自分達を恐れるような、嫌悪するようなその表情と雰囲気。
そんなものは嫌というほど見てきたし、これから何とも思わなくなるほど見ることになるだろう。
しかし、自分にとってそんなものはどうでも良かった。
人という生き物は自分にとって殺す対象であるというだけだし、高千穂にとっては避ける対象であるというだけだ。
今存在を憶えているのも難しい日之影空洞とかいう生徒会長にとっては人というのは自分を認識しないものであるかもしれないが、彼はそういう風に生きている。自分達と、同じように。
それはここにいないあの変態も同様だ。もっといえば、未だ出会ったこともなければこれから出会う予定もないクラスメイト達も。
しかし―――彼女はどうだろうか。
名字なまえ。
箱庭学園一年十三組。
クラスメイト。

「…………………………」

チラリと横へ視線を流してみれば、睡魔と戦いながらも授業を受ける彼女の姿。
同時に殺気も送ってしまっていたのか高千穂と生徒会長がこちらを気にしたが、彼女は殺気には気付いていないよう。
というより、睡魔に負けていた。

「で、あるからして、これは―――」

教師は教師で平然と(かなり緊張しているようではあったが)授業を続けているし、「何か質問は?」などといったこちらと会話をする気配もない。
出来るだけ関係性を作りたくないのだろう。
それが生徒と教師の間柄であれ、そう思うのが当然なのかもしれない。
そんなことは自分にはわからなかったし興味もなかったけれど、彼女を誰か起こしてやらなくていいものか。

「いたっ」

そう、小さく声を零したのは名字なまえ。
睡魔は突然のことに彼女から逃げ出し、そんな彼女は焦ったように目を覚ます。
その声は教師の耳には入っていなかったらしく、板書を続けていた。
ふと高千穂を見てみれば口の端がピクピクと軽く動いていたのでおそらく彼が何かを投げたのだろう。
しかしなまえは頭を触りながらキョロキョロとして首を傾げていた。

「………………………」

最初の話に戻るが、授業というものは酷く退屈だ。
しかし、ならば何故出席を免除された自分がこうして授業に出ているのか。
その答えは1つしかない。
勉学に励みたくなったわけでも暇になったわけでもなく、彼女―――名字なまえに関する情報を集めるためである。
勿論フラスコ計画の方も進めなくてはいけないのだが、こればかりは理事長の許可を貰っていた。というよりは理事長からの命令に近いものだった。
反対に、黒神真黒は地下で色々としているらしいが、何回も言う通りそんなことはどうでもいい。
と、そんなことを考えていたら。

「…………………………」

「…………………………」

こちらの視線に気付いたのかそれとも見渡しているうちにこちらを見たのか、名字なまえと目が合った。
それもバッチリと。
突然のことに目を逸らすのも忘れ、目線を外すタイミングをすっかり失ってしまった。
しばらくこちらを見ていたかと思うと、彼女の眉間に少しだけ皺が寄る。
彼女はそのあと「宗像くん?」と口パクで自分の名前を呼んだ。
どうやら先程何かを投げた犯人だと思われてしまっているらしい。
「違う」と言った意味で首を横に振るが、彼女はもうこちらを見ていなかった。

「…………………………」

いや見ろよ。








今頃彼らは元気に"高校生"をやっているのだろうかと、時計塔の地下でくすりと笑う。
笑えば、「何故笑う?」と彼は少し不満そうに口元を歪めた。
「なんでもないよ」と誤魔化せば、特に興味もなかったのか「そうか」とだけ答えて自分の作業に意識を戻す。
その姿を見て表情には出さないものの、考えるのは彼女のこと。
ここに行橋が居なくて助かったと安堵の溜息をつこうとして、やめる。
また彼の作業を邪魔しては悪い。
そう思い、静かに自分のパソコンに入っているデータを見つめた。


「実は彼女にもフラスコ計画へと参加してもらおうと思っていたんですよ」



自分が、自分達がこうして1年生の時点でフラスコ計画へと参加している主な原因であり、理由でもある。
しかし肝心の彼女はフラスコ計画には不参加。
理事長との会話を思い出し、無意識のうちに眉間に皺が寄る。

「(『わかりやすい異常とは言えない』……)」

理事長のあの言葉。彼は、彼女の"異常"を知っているというのか。
あんな―――努力も環境も運も関係ない、異様な存在の原因と結果を。
黒神真黒は確かにあのとき都城王土が興味を示すとは思えないと考えた…そして、それは結果的に当たっていた。
でも、夏休みが終わる前――――自分は理事長になんと言った?

「(一番彼女に興味がありそうだと、そう言った)」

目の前で幾多のパソコンを自在に操る都城に目線を上げて、自身の中にある気持ち悪さを払拭しようとする。
どうして―――どこで。
・・・・・・・・・・・・・・・
どこで僕の考えは異常をきたした?

「なあ真黒くん」

「どうかしたかい?王土くん」

相変わらずの笑みを浮かべている都城を見て、真黒も普段の笑みを浮かべる。

 ・・・・・・・
「行橋が来てるぞ」

「っ――――――!!」

驚き、慌てて真黒は後ろを振り返った。
そこにはいつも通りの笑み―――というより、笑みをいつも浮かべている仮面をつけた少年がいた。
行橋未造。
あまり会話をしたことはなかったが、彼の異常性くらいは知っている。
そして今の自分にその異常性を持つ彼の登場は好ましいとは言えなかった。

「ふーん、面白そうだね」

自分の思考をどこまで読まれたのか。
その仮面と言葉だけでは何もわからなかった。
しかし余裕があるように笑みを浮かべた真黒は「早い登場だね」とだけ呟く。

「面白い?なんだ、やはり何か可笑しかったのか真黒くん」

「いや――別に。全くもって面白いことなんて何も無いよ」

「そうだね。王土には興味がないことだから」

「そうか」

それ以上追求することなく、都城は沢山のコンピュータと向き合う。
行橋も都城の側に座り、居心地の悪くなった真黒は「少し席を外すね」とだけ呟いてその場を立ち去った。

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