高校1年生の夏休みという長い期間中、なまえは屋久島と鍋島にしか遭遇していなかった。
遭遇というよりは彼らの大会を見に行ったりファストフード店へ行ったりなど、部活動などで忙しい身である彼らがなまえを誘ってくれていただけのこと。
夏休みのほぼ毎日を学園で過ごした彼ら二人と違って、なまえは夏休みのほぼ毎日を自宅で暇に過ごしていた。
特にどこかへ遊びに行こうとも思わなかったし、普通組や文武両道と銘打っている特例組と違って夏休みの宿題というものが存在しない十三組であるなまえがそれに時間を費やすこともない。
夏休み中一切勉強しなかったといえば嘘になるが、宿題に追われている彼らよりはしていないだろう。
そしてそんな夏休みを過ごしたなまえは、重くも軽くもない足取りで十三組の教室へと向かっていた。
季節は秋―――残暑ということで夏の暑さは残るものの、随分とすごしやすくなったとは思う。
後ろから追い越す学生や、なまえが追い抜かす学生は夏休みが終わってしまったという絶望からかなんだか暗い顔をしていたがなまえは気にせず廊下を歩く。
見慣れた扉の前に立ち、夏休み前と変わらずその扉をそっと開けた。

「――――!!」

教室への第一歩、の前に、突然後ろへ引っ張られる。
襟元を掴まれた為か首が一瞬だけ絞まったが、うめき声もなくなまえは後ろへとバランスを崩した。
しかしそれを誰かが受け止め、瞬間、なまえの足元に数本のナイフが突き刺さる。

「あ、おはよう高千穂くん。宗像くんも」

「ああ。おはよう」

「平然と挨拶してんじゃねーよ。名字。お前な、今俺が後ろに引っ張ってなかったら黒ひげ危機一髪みたいになってたんだぜ?」

「え……」

「それが嫌ならコイツのことは警戒しとくんだな」

「う、うん…私、天井に突き刺さりたくないし……」

「飛び出た後の話はしてねぇよ」

そう言いながら、なまえの襟元を掴んでいた高千穂の手は離され、なまえはゆっくりと教室へ足を運んだ。
宗像はいつの間にかナイフを回収しており、自分の席であろう場所―――廊下側の一番後ろへと腰掛ける。
なまえは一学期と同じように窓側の一番後ろへ座り、高千穂は窓側の一番前へと腰を下ろした。
特に席が決まっているというわけではないので、彼らは気分でそこに座ったのだろう。
ふと、なまえの視線が教室の中央へと移る。

「日之影くんも、おはよう」

そう、なまえが微笑んだ瞬間だった。

「「っ――――!?!?」」

突然の気配と威圧感、そしてただならぬ存在感に、宗像と高千穂は一瞬で戦闘態勢へと入る。
しかし教室の真ん中に座る少年―――日之影空洞はその大きな身体ととてつもない存在感を動かすことなく、静かにそこに着席していた。
そしてそれもつかの間、日之影と呼ばれた少年は顔だけなまえの方へと動かし、右手を軽く上げる。

「ああ。おはよう名字」

そう気さくになまえへと笑いかけた日之影であったが、宗像と高千穂はそれどころではなかった。
センチではなくメートルで表現すべき日之影の存在に、あんなサイズの制服があっていいのか、特注かそれは、そんな混乱を以ってして。

「(気付かなかった―――!!)」

気配を消すのが上手いとか存在感が無いとかそういうものではない。
というより彼には人一倍存在感があったしこんな巨大な男が教室のど真ん中に堂々と座っていて姿を消していられるはずもなく―――二人のアブノーマルは、日之影の異常とも言える存在に戦慄し困惑し圧倒されていた。

「にしても名字はわかるが宗像と高千穂まで登校してくるとはな。びっくりするなーおいこの野郎」

「!!」

これが初対面ではないが如く、何度か会話したクラスメイトであるか如く話しかけてきた日之影に二人は動揺する。
ようやく口を開いたのは高千穂仕種。

「なん、で俺達の名前を…」

「これでも生徒会長だぜ。全校生徒の名前くらいは憶えてる」

それは登校してきていない十三組でも同じだと、当然のように日之影はその大きな手をヒラヒラと振った。

「まーそんな警戒すんなって。俺はお前達と違ってジミーな人間だからな。気付かないのも無理はねぇよ」

そうは言うが、高千穂は自分が冷や汗をかいているのがわかった。
―――十三組。クラスメイト。異常。
フラスコ計画には参加してないとはいえ、これはこれでとんでもなくアブノーマルだと高千穂はゆっくりと息を吸った。

「あーそうかい。まあ一応自己紹介はしておくよ。こう見えてクラスメイトだからな。俺は高千穂仕種ってんだけど、お前はなんていうんだ?」

「……日之影空洞だ。だがまあ自己紹介は必要ないだろう。覚えるのは大変だからな」

「………………?」

日之影の言葉に疑問の声を上げようか悩んだ高千穂であったが、その前に宗像が口を開く。

「宗像形だ。お前が生徒会長だというのは初耳だな」

    ・・・・・・・
「ああ…まあそうだろうな。そんなことより宗像、出会い頭に名字にナイフを刺そうとするなんて次は見逃せねぇぜ?なんたって生徒会長だからな」

「そうか。気を付ける」

「あー、生徒会長さんよ、そいつの言うことは信用すんな」

高千穂の警告に日之影は笑みを浮かべるだけであった。
宗像はその警告に不満そうな目で高千穂へと訴えたが、高千穂は「事実だろ!」と焦ったように声を荒げる。

「あ、そうだ日之影くん」

何かを思い出したとでもいうように、鞄の中身を机の上に並べていたなまえがその手を止めて日之影を見る。
日之影は相変わらず首から上しか動かしていなかったがなまえにはそれで十分だった。
何だろうかと、話しかけられていない宗像と高千穂もなまえのほうを見る。
するとなまえは自分の人差し指を伸ばし、その先を高千穂へと向けた。
向けられた高千穂は首を傾げたが、なまえは気にせず言葉を続ける。

「この前、高千穂くんに小石投げつけられた」

「今言い付けるのかよ!!」

日之影の笑みが曇ったのを見て、高千穂はその後全力でなまえへと謝罪した。

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