夏休み。
気温は高く日差しは強いというのに、箱庭学園の広大な敷地内では生徒達が部活動に励んでいた。
ただ―――剣道部を除いては。

「何の用だ」

そう男が呟いた場所は、剣道場ではない。
剣道場の中は剣道部である部員達の私物の置き場と化しており、どうやっても剣道が出来るような場所ではなくなっていた。
だからなのかそれとも他の理由があるのか。
剣道部一年の門司や宇佐達は、怖そうな二、三年生がたむろする校舎裏へと足を運んでいた。
夏休みであるというのに部活動に励む生徒達で賑わう学園。
その中で、ここは雰囲気がまるで違う。
彼らはどう見ても―――部活動に励もうとしている様子ではなかった。

「わざわざ呼び出されてやったんだ…あんま適当なことだったら、ただじゃおかねぇぞテメェら」

「それともなんだ?また、あの十三組の子でも使って脅すか?あ?」

苛立った様子の上級生を前に、門司は怯まず彼らを睨みつけるように目線を上げる。
しかしその直後、誰かが何かを言う前に門司は勢いよく頭を下げた。

「すいませんっした!!」

「「すいませんっした!!」」

門司に続き、門司の後ろにいた宇佐達も勢いよく上半身を地面と平行になるくらいまで頭を下げる。
突然のことに、上級生達は驚いたように顔を見合わせた。
門司が顔を上げると、宇佐たちも再び勢いよく顔を上げる。

「名字を、十三組を利用して先輩達を追い出して、本当に悪いと思ってます!アイツにも、先輩達にも」

だから、と門司はその拳を強く握り締めた。

「今から俺達と喧嘩して下さい」

「…………は?」

門司の願いに、リーダー格であろう三年生が訳がわからないといった様子で口を開いた。
そしてそれは勿論、他の上級生達もである。

「俺達は自分の力で先輩達を追い出して、学食の場所をとって、不良の溜り場を奪い取ることに決めたんです。だから、剣道場を賭けて俺達と喧嘩して下さい」

「別におれたちは「待て」

剣道部は辞めた身だ、と言おうとした二年生を、リーダーが遮る。
もう十三組にも剣道部にも関わらないと決めた彼らではあったが、リーダーは静かに一歩前へ出た。

「上級生に喧嘩売っといて、ただで済むと思ってんじゃねぇだろうな?」

「そりゃあ勿論―――でも、勝つのは俺達ですから」

「そんじゃ、遠慮なく」

飛び交う怒声とぶつかり合う拳。
平和な学園には相応しくないその光景。
そんな光景が繰り広げられていることも知らず、学園の一室では老人が静かに微笑んでいた。
狭くは無いその部屋に設置されたソファの真ん中に腰掛け、老人は静かに湯のみで暖かい緑茶を口にする。
目の前の机の上に並べられた数枚の写真と、パソコンに映し出されている映像。
そこに映っているのはどれも同じ人物―――箱庭学園一年十三組名字なまえであった。

「おいおい理事長ともあろうお方が女子高生の写真を並べてるところなんて見られたあかつきにゃあ変態と間違われて逮捕されちまうぜ?」

「ご心配なく。パンフレットに載せる写真でも選んでいるといえば問題ないでしょう」

いつの間にか老人の後ろに現れた青年に対し、老人は静かに笑う。
その後音も無く現れたもう一人の青年の存在にも驚かない老人は、そこに最初から彼ら二人がいたことに気付いていたようだった。
あとから現れた青年―――同じく一年十三組である宗像形はその表情一つ変えることなく並べられている写真をじっと見つめている。
そんな宗像を不思議に思ったのか、先に姿を現した青年、高千穂仕種は視線を老人から宗像へとうつした。

「…………………」

「なんだよそんなに写真見て。もしかして欲しいのか?宗像」

「殺すぞ」

「相変わらず冗談が通じねぇのな」

「いや。今のは冗談を言われて怒ったというよりは図星だったからだろうね」

「!!」

そして現れた4人目―――黒神真黒の存在に、3人は驚いたようにそちらを見た。
いつ開かれたかわからない扉に寄りかかっていた真黒の存在に驚いたというよりは、どうしてここに、といった表情であったか。
しかしそれもすぐに無くなり、3人は普段通りの表情へと一瞬で戻った。

「まさか本物の変態が来るとは思ってなかったぜ」

「男に褒められてもあまり嬉しくはないよ」

「褒めてねぇよ」

とん、と軽い足取りで真黒はドアから老人が座るソファの向かい側へと歩き、何も言われなくともすぐさま腰を下ろす。
そんな真黒を呆れた表情で見ていた高千穂とは違い、宗像は怪訝な表情で静かに笑みを浮かべる真黒を見つめていた。

「どうしてお前がここに」

「どうしてって宗像くん。そりゃあ勿論君たちと同じ理由さ」

「おや。そうなのですか?私としてはてっきり妨害でもしに来たのかと思っていましたよ」

「いやだなあ理事長。最速の高千穂くんと最凶の宗像くんを前にして、その行動は最悪でしょう」

「まあそんな最強二人も、あの都城くんにやられっぱなしだったわけですけどね」

「……………………」

「……………………」

理事長の笑みを浮かべたままのその言葉に、高千穂と宗像は口を閉ざす。
宗像の表情は無表情のままであったが、高千穂は目を閉じて静かに溜息をはいた。
そんな二人と理事長の言葉を気にせず、真黒はそういえばと首を傾げる。

「その"彼"はまだ来てないみたいですけど…」

「ああ。そのことでしたら、彼は反対派…というか興味が無いとおっしゃっていましてね」

「へぇ……僕としては彼が一番彼女に興味がありそうな気がしていたんですけどね。そしてそんな都城王土が動くならと行橋未造も…しかし読みが外れるなんて、僕の解析もまだまだでしたね」

「それを言うなら君こそ…私は君が一番このことに反対すると思っていましたから」

静かに笑みを浮かべたまま対話する二人に、宗像と高千穂は顔を見合わせる。
彼らが話している内容とというのは勿論、机の上に並べられた写真の人物―――名字なまえのことである。
どうして彼らが一人のクラスメイトに執着しているのか――それは、彼らが関わっている"フラスコ計画"に関して彼女が重要な人物だからということらしかった。
高千穂も宗像も口では「そんな重要人物とは思えない」と言ったが、頭の隅では、理事長の説明にも納得がいっていたのだ。
だからこそ、彼女についてわかることを理事長へ伝えるということについて賛成し、せっかくの夏休みにも関わらず彼らはここにいる。
関わることがない上級生や彼女について興味が無い他のフラスコ計画メンバーは来ていないが、理事長である不知火にとって、彼ら3人がここにいるというだけで十分すぎた。
勿論わがままを言えばここに都城王土と行橋未造が居て欲しかったが、そう多くは望むまい。

「では彼女―――名字なまえさんについてわかることを教えて下さい」

「危機感が無い」

「会話が成立しない」

「あいつは多分バカだ」

「…………………」

迷うことなく意見がほぼ一致した三人に、理事長はどうしたものかと頭を抱えたくなった。

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